- Andante -



楽器をそそくさと片付け、さっそく廊下に出ようとした。
一応練習部屋は飲食禁止なので、廊下のベンチでお弁当を食べようと思ったから。本当は廊下も飲食禁止なんだけど。
だって仕様がないと思う。午前の練習が長引いてしまって、今から食堂行ったら席は確保できないだろうし、空くまで待っていたら午後の練習に間に合わないから。

先頭のがドアノブに手を掛けようとしたその時。

「ちょっと、管どこ行く気」

背後から声が掛かる。みんなが、ビクリと震えて固まる。
この声は・・・。

「椎名?あ、ちょっとご飯を食べに・・・」
いつも強気のも椎名には弱い。
声が尻すぼみなのが解る。
対する椎名は呆れたようにこちらを見渡して。

「今日はこの部屋でミーティング」
「うそ!聞いてない!」
は叫び、私たちも顔を見合わせた。

「そりゃ、今さっき決まったんだからね。昨日話し合えなかったこと、早いうちの方が良いから」

そんなこっちの様子をよそに、椎名は平然と言い放つ。
いや、いくら何でもそんな急な。

「ちょっと待った。ミーティングはともかく、食事はどうするんですか? ここは飲食禁止ですが」
「俺お腹減ったよ・・・」
笠井の疑問を聞いて藤代が情けない声を上げる。

お腹が空いては楽器が吹けない。それは藤代以外でも同じこと。
管楽器全員の死活問題。

「そんなの弦だって同じなんだから、我慢してくれない」
管の必死の視線も椎名には通用しない。

「鬼ー悪魔ー」
「しょうがないの」

取りつく島も無かった。
椎名相手じゃ、誰だって無理だ。
このままでは本当にご飯が食べられない。

「椎名、そろそろ始めるぞ。管も」

部長である渋沢が出てきた。
みんなの目が光る。
椎名よりは話がつきそうだ。

「キャプテーン、お腹空きましたー」
藤代の声から始まって。

「ご飯食べないと楽器吹けないです」
「今よりミス多くなったらヤバいでしょ」
椎名は無理でも、彼なら。

「じゃあ、10分くらい早く終わらせるから、急いで食べてくれるか?」

一歩前進。
うちの部長様は管にも理解があるから、もう少しだ。

「え、マジ?って!」
スパンと軽くて良い音。叩いて良い音がするのは中が空っぽだってことだ。

「食べるしか脳のない藤代じゃあるまいし、そんな早く食べられないって」
先輩ひどい…」

にはたかれた頭を抑えて、藤代が文句を言っているが軽く無視されている。
一方の部長は色々考えてる様子。
あとちょっと。

「部長、弦だって食べなきゃ保たないですよね」
「特に管は腹筋をしっかり使うから、食べなきゃ力が入らなくて大変なんです」
「それに木管は直接リードくわえるから、食事直後は食べ物が残って吹けません」
「10分じゃ口濯ぐにも時間が足りないの」
「部長は、練習に支障が出てたら困るでしょ?」

『部長、お願いします!』




「あ、ああ、じゃあ15分で話し合い終わらせるから・・・」

渋沢部長はみんなの鬼気迫る気合いに負けました…。食べ物の力って恐ろしい。
椎名は相当呆れた様子。
それに気付かない管のみんなは大喜びだ。

「さーっすが部長!」
「じゃ、早く話し合い終わらせよー」


結局、話し合いは大してまとまりもしないままかなりの速さで終わることとなった。



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++あとがき++
食事をどうするかって管楽器の宿命ですよねー。
弦の方が飴舐めながら練習してるの見て、本気で羨ましかったです。(でもやっちゃダメだぞ!)

2006/05/10