ふぴー。
鋭くも情けない音を発した手元の小さな楽器に、私は思わず顔をしかめるしかなかった。



- Tempo di Marcia -



ちょっと、面白そうに見ないでよ。
にやにやしながら見てくる三上にたいして、私は小声で呟いた。

私からしてみれば、いくら音楽の授業とはいえ、三上がリコーダーを…しかもソプラノリコーダーを吹かなくちゃいけないという事実の方がよっぽど笑える。もちろん、そのリコーダーを持ってる姿はまるで似合ってない。
そう言うと、当たり前だけど「うっせーな」という声と共にひじでつつかれた。

よくない。とってもよくない。

だいたい、私の学校も学校だ。ソプラノリコーダーっていうのは普通、小学生で卒業するものだと思ってた。小さすぎて、私はともかく、男の子はほとんど扱いに苦戦している。

「じゃあ楽譜の最初の音出して」

音楽の先生はそんな生徒の苦労もいざ知らず、さっさと指示を出した。私はその指示にしたがった。つもりだった。

「ん?」
、なに違う音出してんだよ」
「だってドは…あ」

ある意味職業病、責められても困る。
さんざん馴染んできたオーボエとリコーダーの指使い、全然違ったんだから。急に言われたらどうしてもオーボエの方に指が反応してしまう。

ぴー

「む?」

正しい指を押さえてみたら、今度はまた甲高い音。さっき音出ししてみた時もこんなのだった。露骨に相性が悪い。

「お前、オーボエやってるくせに吹けねぇの?」
「うっさいなぁ、オーボエやってるかーら、吹けないの。三上こそちゃんとやれば? 持ってるだけで吹いてないじゃん」

「から」の部分だけやたら強調して私は言うと、三上の方を横目で見た。
三上はリコーダーを持ってるだけで、机の上に楽譜は開いてあるものの、吹こうとする気配すら見せない。

「ほら、そこ! おしゃべりはやめなさい」

ああ、もう。見つかった。リコーダーの音があるから声はそんなに聞こえてないと思うんだけど、絶対態度が目立ったって。というか三上の態度が悪いから最初から目をつけられてるに一票。
運が悪い。

すみませーん、と私は小さく謝って、もう一度リコーダーをくわえた。

ぴー

なんでー?
まだ唾は溜まってないし、リコーダー自体に傷はついてない。おかしい。
クラリネットでリードミスをした心境って、きっとこんな感じだ。ごめん睨んだりして。もう怒らないから許して。不可抗力だったんだね。

「じゃあ次の音吹いてみて」

一音やって、その次にまた一音なんて、本当に小学生じゃないんだし。
でも悲しいかな、私はその最初の一音が綺麗に出ない。

「あ、出た」

ソは出た。違いがよくわからない。だから先生には悪いけど、ちょっと試してみることにした。

つまり。

小さい音で音階を吹く。
大丈夫、バレない。多分。あの先生そんなに耳良くなさそうだし。聞こえてしまったら、私の周りの人、ごめんなさい、ということで。

今吹いたばかりのソの音の上のドから、順番に一音ずつ降りてみる。ド、シ、ラ。ちゃんと出る。ソ、ファ。問題ない。ミ、レ。まだ大丈夫。
ド。

「あれ?」

何の問題もなく出るんだけど。なんなんだこれ。
試しにまた吹いてみたけれど、やっぱり出る。意味がわからない。ピアノでしか吹くなってことかな、これ。

「さっき出なかったのに」
「息の強さなんじゃねーの」

私は思わず、三上をまじまじと見てしまった。

「なんだよ」
「……その案、もらった」

言われた通りに息の強さに気を付けて吹いてみると、やっぱりちゃんと音が出た。
考えてみれば当然だよね。オーボエに比べてこのリコーダー、ずっと細くて短くて軽いんだから。同じ息の強さで吹いたら、音が裏返っても仕方ない。
もう、なんでもっと早く気づかなかったんだろう。

「三上ありがとう!よかったー、私が下手になったわけじゃなくて」
「指はまだ間違えんだろ」
「どうせ三上だって、ソって言われた時に開放やるから」

椎名がレを出せって言われて、思わず指を全部離したらしい。
三上は鼻で笑ったけれど、あの椎名がやって三上がやらないはずがないと思うんだ。私は、ね。



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++あとがき++
これ、やるんですよ。本当に。
アルトリコーダーはまだいいのですが、あの小さなソプラノリコーダーの吹きにくさと行ったら。指使いの混乱はもちろん、あのリコーダー小さすぎて普通の楽器の感覚で吹くと息の量が多すぎるという大問題が発生します。どう考えても全然違うバイオリンの子でさえ、運指は間違えてましたね。
克服するのに相当苦労しました。いい思い出。
ちなみに、フルートの子は思わずリコーダーを横に構えたそうです。

2008/06/02