久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ





久方の、のどけき光





春の空気は明るくて暖かくて、ぼうっとしている分にはとても居心地がいい。けれどもそれはやはり動かない者の言い分で、校庭の一角に数人残っている運動部に長袖の人間は1人もいなかった。
はその内の1人、脇にたたずむ人間に後ろからそっと近づく。

「少年、君は何もしないのかね」
「うわっ・・・先輩。何でここに」
「なんでって」

予想せず期待した反応をしてくれた後輩に、は小さく首を傾げる。

「テレポーテーションの実験」
「あーそーですか」
「感動が薄いねえ」
先輩なら何しても許されるんだとわかりましたから」
「よくわかってる」

楽しそうに笑って、は校庭に目を向けた。
太陽光が目に痛いくらいに眩しい。

「本当に何しに来たんですか」
「んー、お迎え? 笠井くん、今日の運動部の活動時間わかってるよね」
「えっと・・・」
「今日は校庭設備の点検があるから、12時ちょうどまで。校庭の使用時間は1時ちょうどまで。そして」

は右手の制服の袖を少しまくって見せる。

「はい、今なーんじっ?」
「・・・12時56分、ですね」
「そう。ってことは予鈴が鳴ったはずで、ってことはもうそろそろ校庭に残っている人はいないはずなんだけどなぁ」

笠井は笑顔のと文字盤を、視線だけ動かして交互に見た。
彼女の表情は変わらない。

「・・・何か企んでますか」
「やだなぁ、笠井くん人聞き悪いよ。言ったでしょ、お迎えなんだって。亮を見に来たの。・・・でも、そうだね」

はくすりと笑みを浮かべる。

「面白いことが欲しい」
「・・・面白いこと、ですか?」
「そう。退屈なんだもん。そのために生徒会も今日お休みだからね。なんかやって?」
「何かって・・・」
「うん」

うなずいたは、戸惑う笠井を尻目に1歩だけ前に進み出た。
目の前の校庭では、相も変わらずひたすらに練習を続けている部員がいる。

「サッカー部! 早く片付けて校庭を空けなさーいっ!」

ぎょっとしたように、まばらな人影が振り返る。
慌てて駆け寄ってきた1人を楽しそうに見ながら、はさらに声を張り上げた。

「3分以内に終わらせなければー」
先輩、ちょっとこれは」
「サッカー部を活停に致します!」

言い切ってから振り向くと、笠井が呆れたような顔をしていた。



風がゆるく吹いて、髪がふわふわとゆれる。右手でそれを押さえながら、は校庭を眺めていた。
一応練習は終わらせてあって残っていたのは自主練だけだったようだが、規定の1時はもう過ぎてしまっている。活動停止にされてはたまらないと思ったのか、残っていた部員たちは大慌てで用具を片付け、部室に引っ込み、帰ってしまった。そのため、校庭に人は誰もいない。

後ろから軽く頭を叩かれて、は振り向くと立っていた人物たちに笑みを見せて言った。

「ちょっとー、女の子の頭を叩くなんてひどいんじゃない?」
「気付かない方がわりぃんだよ」
「気付いてたよ。音もするし影も見えるんだから」

が地面を指差す。

「それなのにちゃんと驚いてくれた後輩に敬意を表して、気付かないふりを」
「・・・嫌味ですか」
「嫌じゃなかったから嫌味じゃないよ。でもさすがに亮に叩かれるのは予想外だったなー。あ、こっちは嫌味ね」

にっこりと微笑んで悠然と言うと、三上の表情を見上げてその視線をずらす。
渋沢の姿を認めると、は時計をちらりとのぞきこんだ。

「結構時間かかりましたねぇ」
「・・・これでもかなり急いだんだが」
「今は1時16分、校庭から人がいなくなったのは1時から2分オーバー」
「・・・駄目か?」
「うーん、珍しいことだしかっちゃんに免じて見逃してあげたいんだけどね」

三上をもう1度見上げてからは笠井を見る。

「叫ぶまで彼女を見つけられなかった彼ってどう思います?」
「いやでも先輩はいることがわかってれば凄い存在感ですけど、知らなければ全然気付けませんから」
「言ってくれるねぇ・・・。ま、それはいいんだけど。面白いことしてくれれば」

は右手で髪をかきあげる。

「笠井くんには言ったけどね、面白いことが欲しいの。さて、今日は4月1日、何の日でしょう」
「・・・エープリルフール?」
「それってどういう日?」
「嘘ついていい日だろ」

は笑顔でうなずく。

「じゃあ何か面白い嘘ついてみて。出来なかったらサッカー部活停」
「は!?」
「『別れよう』は面白くないから禁止ね」
「誰が言うか」
「だって亮の定義だとそれ言っても嘘になるんだよ」
「だからってなぁ・・・」
「だったら他の言えばいいのに」

ねぇ、と同意を求めるようには笠井と渋沢を見た。
渋沢は困ったような表情をし、笠井は何も返す言葉なんてないと視線をそらす。

「『コーヒー牛乳は茶色い牛から出る』ってくらいのは言わないかなぁ」
「誰が言うんだ、誰が騙されるんだ。それに普通の牛乳は白い牛からなのかよ」
「え? 普通の牛乳はホルスタインからに決まってるでしょう? ジャージーは高いから普通じゃないし」

当たり前だと言外に含めながら言って、はため息をついた。

「亮は面白いことしてくれると思ったのになぁ」
「・・・その期待のされかた、全然嬉しくねぇ」
「仕方ないなぁ。よし、笠井くん私とデートしよう」
「・・・はぁ?」

微笑むに三上は胡乱気な声を発し、笠井は絶句した。
は益々楽しそうに小さな声をたてて笑い、笠井の隣によると腕をとって体を僅かに預ける。
先輩と後輩の割りには顔が近くにあって、真っすぐ見上げられるのが居心地悪い。加えて、彼女の表情が至極真面目だ。

「亮が嫌いなわけじゃないよ、笠井くんが好きなの」
「え・・・?」
「おい、
「でも亮は気にしないよねぇ。だって今日は4月1日だから、嘘だってつけるし?」
「嘘?」
「大丈夫、亮、大好き。愛してる」
「・・・よく言えるな」

普通なら言う方も聞く方も赤面ものの台詞だ。それをためらいもなく彼女は言ってのけた。

「本気だよ?」
「・・・どこまでが嘘だかわかんねぇ」
「4月馬鹿」

下を向いて、くすり、とまたは笑みをもらす。

「まあ、エープリルフールは午前中しか嘘ついちゃいけないんだけどねー」
「は!?」
「さて、荷物取ってこよう。あ、待っててね、一緒に帰ろう?」
「結局何なんだよ!」
「あー楽しかった!」

思い切り満足そうな笑顔を見せると、は共同棟の方向へ走っていく。残された方は、呆然と立ちすくんだ。

「・・・結局、何だったんでしょうね」

笠井がぽつりとつぶやく。

「・・・理解出来ねぇ」
「・・・ですね」
「まあ、嘘を言わなくても活停にならなかったからいいんじゃないか?」

最初からするつもりなんてどこにもなかったのだろうと、それは3人ともとっくに気付いていた。




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++あとがき++
第9回DB参加作品。
・・・エープリルフールで嘘をつけるのは午前中だけですよ?
『珈琲牛乳は茶色い牛から』なら、いちごミルクはどうなんだって話です。

2007/05/12