好きなもの。
友達。彼。
甘いお菓子。
暗い空と、銀色の雨。





埋もれ木の、天の下から見ゆ





「あっめあっめふっれふっれ、かあさーんがーっ♪」

外は秋雨が長くて、どんよりと暗く曇っている。
空から降ってくる雨粒は絶えず音を立て続け、それがうるさくてたまらない。

人の気が滅入っている状態で、はやたら機嫌よく歌まで歌っていた。

「先輩・・・元気ですね。何かありましたか」
「雨に感謝しているの。笠井くんも来るし、亮も来るし。そういう笠井くんは元気なさそうだね」
「俺は・・・」

あなたに生気を吸い取られている気分です、とは口が裂けても言えるはずがない。


9月、文化祭はそう遠くないところに控えていて。
ちょうど雨で部活も満足に出来ないからこっちに優先的に顔を出そうとしていたら、は待ってましたとばかりに手伝いに引きずり込んだ。
現実、生徒会役員なのだから至極当然といえば当然なのだが、多少の強引さに笠井も驚いたのだった。
そしてはと言えば、コピーをとりながら外を見て歌っている状態だ。

「おかえりー。時間かかったね」
「雨の中行かせるなら当然だろ!?」
「怒らないでよ亮、悪いと思ってるんだから」

ね? と首を傾げて見せる彼女に、三上は溜息をついた。
それを見ては微笑むと、彼の横で紙をほどいているもう1人の人物に声を掛ける。

「かいちょうさーん? プログラムの仕事来てるよ。校内地図、学園代表のあいさつ、生徒会の紹介文、古本市の案内と概要と、それから・・・」
がやっといて」
「あと合同生徒会の連絡も来てるけど」
「それも」

三上が彼を睨みつけたのを見て、が目でそれをたしなめる。

「そんなに出来るわけないでしょ。あと、カーボンとインク持って来て。今。切れかけてるみたいだから」
「・・・今行ってきたばかりなんだけど」
「でも今度は近いよ、学校内だから」
「何で俺ばっか動くんだよ」

不満そうにつぶやくその人に、はくすりと笑って言った。

「上に立つ者こそ皆の下僕、ってね。知ってる?」
「・・・」
「まあ、まあ。ね、よろしく」
「はいはい」

面倒臭そうな顔をしながら、彼は結局また生徒会室から出て行った。
それを見届けた後パソコンを立ったままいじり出したに向かって、三上が呆れた声を出す。

「おい、結局お前がやる気かよ」
「言ったでしょ、あれ全部はさすがに1人じゃ無理だって。大丈夫、あの人は去年の生徒会長と違ってやることはちゃんとやるからね」

だから大丈夫、と言われてもそう簡単に納得できるはずもなく。
の笑顔にだけ押されて、三上は口をつぐんだ。

「ところでもう1人生徒会いただろ」
「ん? あー、はいはい、わかった。彼女は駄目、だって部活の方が忙しいから」
「俺だってなぁ、」
「サッカー部は雨だとどうせ体育館で筋トレ、しかも他の部活の邪魔になりながら。いいじゃない、ちゃんとかっちゃんから了承取ってるし、今日だけなんだから」

笠井くんは文句も言わずに手伝ってくれるのに、とが言うと、そいつと一緒にすんな、と返ってくる。
確かに、片方は一応仕事であるのに対して片方はボランティアに等しいのだから言いたいことはわからなくもない。

「じゃあなおさら良いじゃない、文化祭にしっかり関われて。運動系だと出来ないことをやってるんだよ、凄いことなんだよ」
「その言い方すっげームカつく。何だその棒読みは」
「もっと感情こめた方がよかったの?」
「・・・言ってろ」

諦めたように三上は溜息をつくと、ほどきかけの紙の束をロッカーにしまいこんだ。
なんだかんだ言っていてもその辺は手馴れたもので、誰に聞かずとも指定の場所を開け、大きさに分けて入れている。

「・・・帰り遅いね、またつかまったかな」

誰とも言わず侑が口にする。もちろん三上がその抜けている主語を聞き返すこともせず、ただ単純に返事をした。

「また?」
「タイミングが悪いというか。下手するとカーボンが無かったってことかも・・・まあ良いけど。じゃあ亮が行ってきて」
「・・・どこに」
「古本市の本を取りに」
「笠井に行かせろよ!」

しかも何故これが図書委員の仕事ではないのかが不思議だ。

「だって別のことやってもらってるし、亮の方が量持てそうだし、亮の方が単純作業にあってるだろうし、亮の」
「あーもういい、行ってくりゃいいんだろ」
「会長いたら、そのまま連れてっていいから」

言い切るか言い切らないかの内に、生徒会室の扉はうるさい音を立てて閉まった。
最後の言葉が聞こえてたかどうかはちょっとわからない。

笠井はを尻目に、見えないように小さく溜息をつく。
それから、止まった印刷機の排紙口から重い紙の束を取り出した。

外は雨、夜のように暗い。
けれども時計はまだ進んでいなくて、この部屋に拘束される時間はもうしばらく続きそうだった。




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++あとがき++
業者に頼むためか、プログラムの原稿は驚く程早く依頼が来ますね。
古本市、図書委員がやってる学校もあるんですが、私の学校は生徒会の管轄なのでそのまま。

2007/09/17