気温が上がらなくなってからはすっかり遠退いていた屋上へ、三上は久しぶりに向かった。
今日もいつもと変わらず寒くて、風は冷たい。こんな時に来る物好きは彼くらいだろう。

誰も居ないことを期待して、扉を開ける。思ったとおり、人の姿は見当たらなかった。


・・・・ここには。





Lacrimosa.1





風が強くて屋上に設置されたタンクの裏に回りこむと、少女が一人見えた。
フェンス2つを隔てた向こう側で空を見ている。
この寒さの中でコートも着ず、髪は風になびき、制服のスカートをはためかせ。
薄暗い空を泣きそうな瞳でまっすぐ見上げて、その少女は立っていた。


少女はこちらに気付かない。
三上はゆっくりと腰を下ろして彼女を見た。


長い黒髪、白い肌。遠目にも、かなり整った顔立ちをしている事がわかる。
きゅっと引き締まった唇。寂しそうな目。

それら全て、三上の興味を引くのに十分だったもの。




バタン、と背後で大きな音がした。扉をきちんと閉めるのを忘れたのだろう。下の階にも響いたかもしれない。
三上は軽く舌打ちする。


・・・・・・まぁ、いい。

どうせこの屋上に教師が来ることはないだろうし、生徒だって来ないだろう。
そもそも、今日は風に煽られた扉があちこちで音を立てているに違いない。

ドアを向いていた首を戻して顔を上げると、少女が驚いた顔でこちらを見ていた。



目が、合った。



「・・・三上・・・君・・・?」

フェンス越しに、少女が問う。黒い瞳が、こちらを向いている。
一歩一歩、静かに近づいてくる。

この少女を、知っている。


「・・・・、か」

名門といわれるこの学校の入学試験をトップの成績で通過して入学し、以来ずっと首席をキープ。
才色兼備の優等生と評判の、

―――


「よく、ご存知で」

が笑う。

「アンタ相当有名だろ。学園始まって以来の才媛と名高い、サン?」
「あなたが言うことじゃないでしょ。成績優秀なサッカー部の司令塔、三上亮くん」

互いに笑顔を向け合って。


「で、優等生サンがこんな所でサボりかよ」
「あら、成績優秀なだけじゃ優等生とは言わないの。だって、あなたは優等生じゃないでしょ?」

さらりと、さり気なく暴言を吐かれた気がする。
それでも彼女は悪びれた風もなく、ふわふわと微笑んでいて。
しかも本当の事だから、文句も言えない。


「・・・・・品行方正で模範的生徒だってのはただの噂か」
「その品行方正って噂もあながち嘘じゃないけどね」

だってほら、礼儀正しくて常識わきまえてるし。
フェンスにもたれかかって彼女は言う。
2枚のフェンスに隔たれても、その距離は意外と近い。


「そんな奴が何でサボりなんだよ」
「サボろうと思ったんじゃなくて、ちゃんと目的はあったの」

三上君が来るまではね。



ふと、さっきの泣きそうな顔が頭をよぎった。



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++あとがき++
えーっと、最初武蔵森が男女別学と忘れていて、普通に共学設定になりそうでした。
そこで慌てて書き直し。屋上の配置とか。
別学って・・・難しい。
共学と女子校しか経験してないんだもの!

まだ、暗くならない。

2006/05/01