全てが動くのはこの街 素 花の都の中心の 大通りから横道それて 進んだ先の色の街 男も女も場所をわきまえ この夢の闇に通いつめ 夜の灯りに花を見る 一人の女が、艶っぽく歌って客引きをする。 そんなことする必要ないのに、こうして外に出るのは彼女の日課だ。 黙っていても、男は寄ってくる。 その男を、彼女はことごとく話もせずに追い返す。 一人の男が立ち止まった。 黒い着物を少し着崩している。 ふたことみこと言葉を交わし、二人は店の奥へと消えていった。 ここ榛原は、幕府非公認の色の街。 吉原と肩を並べるほどに発展した、江戸の一大享楽地。 通りに立っていた女は、名をという。 齢は十九。このあたりでは名のある遊女。 七つの時から、色町で過ごしている。 高い教養と知識を持ち、芸事一般を全てこなし、容姿端麗。 しかし、身分は一介の女郎。 彼女ほどなら吉原で高級遊女として過ごすのも可能であるのに、お付きの童女一人ついていない。 それでもいいと、そう思っている。 自分が遊女の最高位・太夫になれるほどであると知っていても。 公認でなくても、今の遊郭は居心地が良い。 この遊郭の楼主 ―― 玲は、楼主にしては珍しく、金に取り憑かれていない人だった。 殆どの楼主は遊女を金儲けの道具としか考えてなく、故に身体を壊す娘は多かった。 働けず、客も取れず、稼げる見込みがなくなった娘のその先は、考えたくもない。 ――金儲けを考えない楼主。 それは素直に考えればとても怪しい。 遊女一人を雇い続けるのに、どれだけの金がかかるのだろう。 食べる物、着る物、寝る場所。 全てを提供するのに。 玲は全てが謎。 性別が女で、自分よりも年上という事しか知らない。 あの美貌と教養なら、あるいは彼女もまた遊女の一人だったのかもしれない。 そんなことも、どうでも良いけれど。 この店で禁止されてる事は、駆け落ちの禁止。 それだけ。 四つの寺の鐘の音が聞こえる。 そろそろ、どこも店じまいの時。 「今宵は、」 「帰らない」 男の言葉に、は微笑む。 「でも、早くお帰りになるでしょう?」 「だから今日は寝るだけだ」 男は疲れきっているのか、横になるとすぐ目を閉じてしまった。 「明朝に」 早く眠ろう。どうせ熟睡は出来ないのだから。 朝になったら、着替えを手伝って、見送って、それから。 そのあとちゃんと眠ればいい。 そしてもまどろんでいく。 捕らえられた籠の鳥。 絡められた網が外れる日は、一体いつになる。 Top Next ++あとがき++ 一匁3000円くらいだと思って下さい。 4つの鐘が鳴った時は、夜の10時くらいだと思ってください。 年齢は当然ながら数え年。 あと、「榛原」は「はりわら」と読みます。 とりあえず序章。 2006/08/01 |