一人は好きだけど独りは嫌い。
寂しくて淋しくてたまらないから。

一人と独りは全然違うのに
それはなかなか気付けない。


独りになりたくない。





Lacrimosa.12





がいない、その日の夜。
一人になった、夜。


部屋は恐ろしいほどに静かだった。



もともと、一人で暗い所にいるのは苦手だった。
幽霊とかおばけとか・・・見えるわけでもないそんなものが怖かったのもある。
でも、きっとそれだけじゃない。


消灯時間が過ぎ、部屋の明かりが全部消え、頼りになるのは月明かりのみ。
満月に近い十六夜の月は、照明のなかった時代なら歓迎されただろう。
日が落ちると同時に昇り、陽が昇ると同時に沈む、明るい月。

しかし、カーテンの隙間から漏れる青白い光は、何の慰みもくれない。
ただ、黙って冷たく照らすだけ。



・・・・気が、狂いそうだ。

月の光に照らされたものは、精神を病むという。
月光は、人の心を狂わせるという。
それは例えば、月に向かって吠える狼男、みたいに。

ルナの女神は、狂気の女神。

ならば・・・私は。
この月の光を浴びて狂ってしまえるだろうか。

狂えば誰も寄り付かなくなる。耐えきれない、孤独が待っている。
でも、その孤独すら感じないほどに狂えるのなら。
それは幸せなことなのかもしれない。


・・・考えるのは止めよう。


どうしよう。
淋しくて怖くてたまらない。
誰かに会いたい。
声が聴きたい。


時計を見る。
針は、11時23分を指している。


・・・まだ23分しか経っていない。

電話は・・・出来ない。
もうそんな時間じゃない。
まだきっと耐えられる。
だから、迷惑を掛けてはいけない。

とにかく、考えるのは止めよう。
考えれば考えるだけ、陥るのは底無しの思考の沼。
終わりなんか見えずに沈むだけなら、最初から何も考えなければいい。

そう、何も考えなければ。


早く、寝よう。
寝てしまおう。


窓に背を向けて、寝返りをうつ。
月明かりで、壁にカーテンの影が映し出されている。

目を瞑って、時が過ぎるのを待つ。



・・・駄目だ。

目が冴えて眠れない。
眠ろうとすればするほど、無限地獄の思考が戻ってくる。


もう、仕方がないよね。

自分に言い訳して机に近づくと、そっと一番上の引き出しを開けた。


筆記用具に混ざって入っている、それを出す。
に怒られてから、ぐるぐると紙で封印して引き出しの奥にしまっておいた。
月光を受けて鈍く煌めく、私の精神安定剤。

・・・・最近、あまり必要無くなっていたけれど。
こんなに欲してつかんだのは、久しぶりだ。


持っただけで何となく落ち着く。
その痛みも、その紅さも。

言いようもなく甘美だ。


・・・どうしよう。

私は、狂っている?


月が私を狂わせたのか。
私が最初から狂っていたのか。


ルナの女神は、教えてはくれない。



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++あとがき++
西洋では、月の光は狂気をもたらすと信じられていたそうです。
聖書にも出てきますよ。
『昼、太陽はあなたを討つことはなく、夜、月もあなたを討つことはない』
意味つきで訳せば、「昼、日によってあなたが日射病になることはないし、夜、月によってあなたが精神を病むこともない」ということなのです。
ラテン語の「Luna」はそのまま「月」の意味だけど、英語で「Lunatic」って言ったら「精神病の」って意味を持つしね。

2006/06/09