雨。
雨、雨。
春の長雨は静かに降り続く。
朝も、夜も。

外に出られないから、雨はそんなに好きじゃない。
ああ、でも。

彼女は好きだと言っていた気がする。





Lacrimosa.13





ほぼ二日間ずっと、雨は降った。
しとしとと、ただひたすら。耐えることなく。


彼女からの連絡は来ない。
自分のところにも、同室の友人にも。
来る気配すらない。


「なあ、連絡ないけど、平気なのか?」
「そうだな・・・一人にすると何しだすかわからない奴 だからな」
に頼まれてたんじゃねぇのかよ・・・」

あれだけが言うのだから、きっと何かあるのだろう。ことの大きさは別として。
だいたい、この状況は一人にしてはいけない人間を一人にしているのだと、渋沢は暗に言っている。
確かに、会ってる時に感じていたが、彼女は自分のことに無頓着なように見えた。放っておくのは危険だろう。

それなのに。
電話一本メール一通、向こうからは来ない。
掛けても出ないし、返事もないのだ。
いい加減、心配になってくる。


「でもたぶん今日は平気だろう。雨が降っている」
「は?」
は雨が好きだ」

それは、天気でどうにかなるものか?

「雨が降っているうちは、多分大丈夫だ。何もしないだろう」
「多分ばっかだな。本当に何もしてなくて倒れてるかもしれないぜ」
「ああ、それはあるかもしれないな・・・」

本当にそんな状態で大丈夫なのかと、不安に思うと同時に呆れる。

渋沢はしばし考える素振りを見せた。


「三上、確か・・・明日は晴れたよな」
「あ? ああ、明け方までに雨は止むんだろ」
「なら、連絡が来るなら明日だろう。明日連絡来なかったら、様子を見に行く」

雨が降っているうちは大丈夫なのだと。
雨が彼女に何をもたらしているのか、それも知らされぬまま。
その話は終わりになった。




雨の音がする。大分弱まってはいるけれど。
もう、夜も遅いのに。
本当にこの雨は、朝までに止むのだろうか。
それすらも疑わしい。


「三上ー、まだ起きてんのか? 俺もう寝るわ。お前も早くしろよ」
「おぅ。もうすぐ寝る」
「明日はちゃんと起きてくれよ」
「へいへい。ったく、うっせーな。毎日言うことじゃねーよ」

本当に早くしろよ。
同居者は三上にこれ以上構わず、さっさと寝ることを選んだようだ。

すぐに寝息が聞こえてくる。
まったく、よくできた人間だ。


長針が一周して、いい加減寝ることにした。
明かりを消して横になる。けれど、眠る気分にはなれない。

静かだ。
部屋の中で聞こえるのは、隣の寝息と自分の呼吸。
それだけ。

ようやく微睡んできたところで、微かに音が聞こえた気がした。

うっすら目を開けると、部屋の中がぼんやり明るい。
続いて耳に入る、微かな振動音。
光源はすぐ見つかった。
部屋の隅の、コンセントの前。
充電器に置きっぱなしの携帯電話が、青い光を発しながら震えていた。


「ん・・・」
「あ、わりぃ」

静かな室内ではこれだけの音でも相当なもので、近藤が小さくうめく。睡眠の邪魔なのだろう。


電話は鳴りやまない。

もう一分くらいは鳴り続けているだろう。
長い。
そんなに切羽詰まった用でもあるのだろうか。

放っておこうかとも思ったが、ディスプレイの表示を見てその考えはすぐに消えた。


――着信:


音信不通だった彼女からの、着信。
慌てて通話ボタンを押した


「はい」
『・・・・・・』

返事は、ない。

「もしもし。だろ? こんな時間にどうしたんだ」
『あ・・・』

彼女の声に、覇気が無い。精気もない。

?」
『ううん、なんでもない。ごめんね、ちょっと間違えちゃった』
「間違えたって・・・」
『ちょっとした気の迷いってやつ?』

ほんの少しだけ、がっかりした自分がいる。
それは声にも表れたらしい。

「で、電話そのものの理由は何だよ」
『怒らないでー。がいないからちょっと寂しくなっちゃってさ、かっちゃんに電話したら出なくてさ。時間遅いし当然だよね』
「俺は代わりかよ・・・」
『違うってばー。でも本当にごめん。起こしちゃったみたいだし。じゃあね』
「おい、ちょっと待てよ、おい」

一方的に電話は切れ、電子音だけが携帯の向こうで鳴っていた。


「ったく・・・」

――第一声以外、声のトーンだけがやけに明るかった。
確実に無理をして出している。

――誰だよ、今日は大丈夫なんて言った奴は。


天気予報は外れたらしい。
雨はいつのまにか止んで、月が輝いていた。



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++あとがき++
雨です。
雨降りです。
雨がテーマのように繰り返されてます。
おかしいな、こんなに使うつもりはなかったのだけれど。

2006/06/20