来て。
来ないで。
来て。

気付いて。
忘れて。
わかって。

お願い。





Lacrimosa.14





今日は眠れると思った。雨のおかげで、確かに昨日は眠れたから。

雨は、好きだ。
音がしてるのを部屋で聞くのは、特に。

静かに絶え間なく響く音が、耳に心地よい。
は雑音に聞こえるらしいけど、私にとってはひどく安心する音。
主張はしないけど急になくなったりもしない。ただ、そばにいてくれてる気がするから。

天気予報では、このまま明け方まで降り続けると言っていた。
朝まで降ると。


けれども。

予報は外れた。
明け方と言っていたのに、もう止んでしまった。

部屋は静かになった。

たまに、木々が騒めく音が聞こえる。
風が強いのだろう。
外を見ると、雨が止んでまだあまり経ってないのにうっすらと南の空が明るい。

雲が凄い速さで流れている。
月は、見えたり隠れたり。
雲の切れ間からたまに光が漏れてきて、その時は妙に明るい。

今日の月は、寝待月。
月の出が遅くなって、寝て待つから寝待月。

月の出を待つどころか、もうすぐ南中する。あと1、2時間もすれば。
それなのに、眠っていない。

風の音じゃ眠れない。
月の光じゃ眠れない。

安心させてほしい。
淋しいと言いたい。
どうしても声が聴きたい。

携帯電話を手にとり、震える指でボタンを押した。



無情な音声通知と、終わらないコール音。
電話は、なかなか繋がらない。
もう寝てるのかもしれないと思いながらも、電源が切れていないことに望みをつないで。
30秒・・・1分。
コール音が切れた。

『はい』

言葉につまる。

『もしもし。だろ? こんな時間にどうしたんだ』
「あ・・・」

“こんな時間”。今は深夜。
私は、何をしているの?

?』
「ううん、なんでもない。ごめんね、ちょっと間違えちゃった」
『間違えたって・・・』
「ちょっとした気の迷いってやつ?」

心配そうな声を聞いて、ちょっとおどけてみせる。
彼の声がいつもより低いのは、眠いせいなのか、それとも。

『で、電話そのものの理由は何だよ』
「怒らないでー。がいないからちょっと寂しくなっちゃってさ、かっちゃんに電話したら出なくてさ。時間遅いし当然だよね」
『俺は代わりかよ・・・』
「違うってばー。でも本当にごめん。起こしちゃったみたいだし。じゃあね」
『おい、ちょっと待・・・』

いたたまれなくなって、電話を切った。
彼の声も最後まで聴かずに。


どうしよう。


こんな時は・・・・・。


一つ考えが浮かんで、頭を振って打ち消した。
この前の二の舞はいけない。
それでも、目は自然と机の引き出しに、足は自然とその方向に。

これをすれば眠れるよ、と。
はそれをするなと言った、と。
ふたつ、交差する。


少し、そう、少しくらい・・・。

柄を握った右手には、予想以上の力が入った。



「っ・・・・あー」

刃を抜けば、紅があふれだしてくる。
ただ、湧き出るように。
あっという間に手からそれはすべり、床に雫となって落ちた。

手のひらを伝う液体は、まだ生温かい。

この温かさが。
私を虜にする。

流れ出る紅さはとどまるところを知らず、ひたすら手首から先を染めて床を汚した。

――ああ。
拭かなきゃ。
怒られちゃう。

ポケットのティッシュの束を全て、小さく溜まっているそこに投げ出した。
そして、そのまま床へと倒れこむように横になる。

座っているのに、起き上がっているのが辛くて仕方がない。
体中に倦怠感。
重い。
疲れた。
止まらない。

着信を知らせる電子音が、さっきからうるさい。
でも、電話に出る気力もない。

窓を叩く音が聞こえる。
そんなものに構う余裕もない。

うるさい。

うるさい、うるさい。

だるい。
止まらない。
指先が冷たい。
感覚がない。

もう、どうでもいい。



Back Top Next
++あとがき++
寝待月=19日目の月。
望月→十六夜→立待月→居待月→寝待月。
こんな感じでしたよね。

雨の音はいい。

2006/06/25