待つんだ。
待ってくれ。

あと少しでいいから。

そんなものを持つ前に。
そんなものに頼る前に。





Lacrimosa.15





走った。
ただひたすら、脇目も振らずに。
とにかく走った。
まだ暖かいとは言えない風を体に受けて。後ろから聞こえる声に耳を傾けることもなく。

走った。

女子寮までの道がひどく遠い。
気が急いてるせいだとはわかっていても。

――最近、ようやく治まっていたのに。

少なくとも、そう見える程度には。
顔色も悪くないし、よく笑う。問題は消え失せたのだと思えるほどに。

――まだ完全じゃないと、知っていたはずなのに。

それなのに彼女をひとりにしてしまった。独りをあれほど嫌っていた彼女を。
大丈夫だ、平気だ、と。
そんなはずはなかったのに。




三上が部屋に駆け込んできたのは十分ほど前。
寝ている渋沢を叩き起こし、携帯を片手に捲くし立てていた。
そのあまりの剣幕に、隣のベッドで寝ていた辰巳も起きてしまったほどだ。

から電話があったのだと、三上は言った。
自分の電源は切れていた。
彼女の声を聞く限りでは、あまり良い状況ではなさそうだ、と言った。
そして掛け直しても繋がらないのだ、とも。


彼女を止めるには、もう遅い。
それでも、行かなくては。

三上を無理矢理部屋に残して、自分だけ上着を掴んだ。

もっと早く気付けばよかった。
もっと早く動いていればよかった。

後悔を噛み締めながら、まだ走る。








目的の場所に着く頃、月はもう随分高い所にいた。

風のささやく音、木々の騒めく音、靴が地面を蹴る音。
辺りに人影はない。普通ならこんな時間に出歩く必要など、ないのだから。


どこの部屋も明かりは消えている。いくつかあるカーテンが開いている部屋は、帰省してる人が使っていたのだろう。
それ以外の部屋は一様に閉ざされている。外観は無機質なくらいに同一だ。


――の部屋、は。


東向き・・・つまり、こちら側の端から3つめ。


窓に近づき、そっと叩く。大きな音は出せない。
返事はない。
もう一度、少し力を入れて叩く。けれども、中は無反応のまま。

更に窓へと顔を近付ける。
しかし、カーテンに遮られて何も見えるはずはなく。


一歩離れようとしてガラスに手が触れると、窓が動いた。
無用心にも、鍵は開けっ放しの状態。
一瞬だけためらって、窓枠に手を掛ける。

風にあおられたカーテンが、緩やかにゆれる。
そのカーテンも端に寄せれば、部屋に月明かりが差し込む。


、は。


長く伸びた自分の影の先。
部屋の中ほどの、床の上に。



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++あとがき++
変な所で切っちゃった・・・。
やっぱ女の子の方がお行儀良いですかね。
外出するふとどき者はいませんかね。
寮は綺麗でしょうかね。
でも掃除は掃除のおじさんとおばさんがやるんだろうな。

2006/07/01