電話が鳴る。
それを受ける。

話す。
切る。

向こうは見えない。
窺い知ることはできない。





Lacrimosa.20





「そうそう、ですよー。うん、なんだけど」

の声。
この部屋にはいない。
ずいぶん遠くから聞こえるような気がする。

「それで、この天気でしょ? そう、そういうこと」

やたらと指示語の多い会話。
相手の声が聞こえないから、余計にそう思うのかもしれない。

「やっぱり今年もかーって思ったんだけど、今年はちょっとひどいみたいで」

ああ、この風邪のこと。
やっぱり連絡は行くんだ。

「んー。食欲の減退でしょ、気力の減退でしょ」

あとそれから・・・。
症状でも聞かれているのか。
とにかく全てに体が動かない、というのが今の状況。

「そう。前回よりも。このままだと死んじゃうよ」

軽いね。
深刻に言われたほうが、まいってしまうけど。

「うーん、風邪っぽいのは一週間くらいだけど・・・」

ここ三日で悪化。って感じかな。
続けて喋っている。

「今? 横になってる。さっきは起きてたから・・・」

が携帯電話片手に、部屋に入ってきた。
傍によって、私の額に手を当てる。ひんやりと冷たくて、気持ちがいい。

「起きてる。・・・、渋沢だけど。何かある?」
「ううん・・・」

首を横に振る。

「とにかくそんな感じ。詳しいことは後で話すよ」

じゃあね、とは電話を切った。
の声だけがここの音だったから、部屋は静かになる。
でも、がいる。

、寝てな」
「眠くない・・・」
「目瞑れば、眠れるよ」

目の上に手が乗せられて、視界が暗くなる。
これで本当に眠くなるような気がするから、不思議。

「体調悪いんだから、いくらだって寝られるよ」

自分ではそう思ってなくても、体は必要としてるから。
だから、ちゃんと寝なね。

の声を聞きながら、眠りに落ちる。





「まーったく、世話の焼ける」

は寝息をたてるを見下ろす。
一度眠れば、しばらくは起きないだろう。
それを信じて。



寮を抜け出して門のところまで。門限までもうあまり時間がない。
出入りする者がいない門には、すでに渋沢と三上が並んで待っていた。

「ごめん、待たせた。は今寝かせてきた。・・・・・・で、何で三上までいるの」
「俺がいちゃ悪いかよ」
「いや、別に。あんた面白いから言ってみただけ」

もはやとの定番になってしまったようなやりとり。
そして真面目な顔に戻ると、は渋沢に向き直る。

「それで、何とかならないかと思って電話したわけだけど」

ちろんと横目で三上を見る。
睨んでる、の方が良いかもしれない。

「あーあ、あんたが使える奴だったら」

盛大な溜息をついて、一言。

「まあいいや。それで・・・・・・」
「一応持ってきたんだが、薬は必要なさそうだな」
「って言うか呑めないんだよね」

さてどうしたものかと、二人して考え込む。

「渋沢連れ込んで説得してもらおっかなーとも思ったんだけど」
「それは無理じゃないか。が駄目なんだろう?」
「三上はが後で嫌がるだろうから・・・」

仕方ない、と考えるのをやめる。
とにかく、時間も迫っていることだし、戻らなくては。

「様子見て、必要なら経過報告する」

どうもお手数かけましたー、と、一応の礼を言って、は寮の敷地へ戻っていった。



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++あとがき++
疲れそう。
どうしようもなく疲れそう。
女の子は良い子だから、門限ギリギリに外に居たりしませんよ。
だから彼らがいたって大丈夫だよ。