そんな大事なこと
あんなに安い言葉で

信用なんて誰が出来るの?





Lacrimosa.24





夕刻、長い夏の日もようやく落ちてきた頃、は寮の自室へと戻った。ノブを回せば鍵はすでに開いていて、すんなりとドアは開く。
今日はの方が先に部屋にいた。珍しい。最近は、彼女の方が遅く帰ってくるのに。
本を広げていたは、ドアの音で気付いたのか、入ってきたに走り寄って抱きついた。

お帰り! 会いたかったよー」
「今朝会ったでしょ。それよりひっつくな暑苦しい!」
「私暑くないもーん」
「私は暑いの」

室内は冷房が効かせてあって、これで暑いなんて言う奴はいないだろう。
素直にが引き下がったので、は制服を脱ぐ。その間には読みかけだったらしい開きっぱなしの本を閉じて、自分の机の上に放り出した。
本を大切にする彼女が、まずやらない行動。しかし、自身は気にしていない様子だ。

、今本投げた?」
「うっそーん。うわ、本当だ」

本にぶつかったのか、机に置いてあったはずのシャーペンが転がり落ちている。
床から視線を外して机の上を見ると、意味の無い箇所で本は広げられて伏せられている。拾い上げれば、開かれていたページは無残に折れ曲がっていた。

「あーあ・・・無意識だったんだ・・・」

は自分の行動に少なからずショックを受けたようだったが、「ま、いっか」と呟いて、本を閉じた。今度は折り目が付いてしまったページも綺麗に伸ばして、静かに本棚に戻す。

・・・今日どうかしたの? 変なんだけど。帰りも早いし」

周りよりずれた子だと思ったことは少なくないけれど、今はいつも以上におかしくていつも以上に不自然だ。

「それは、私が優秀だから早く仕事が終わったのー」
「あーはいはい。優秀とか自分で言わない。文実に管轄が移ったんでしょ。聞いてるのはそれじゃなくてがご機嫌な理由」
「分かってんなら聞く必要ないのに。しかも私ご機嫌に見えるの?」

床にぺたりと座りこんで、はクッションを抱え込む。

「見える。いつも以上に変。本投げてるし、それを『ま、いっか』ですませてるし。いつも変だけど」
ひどい・・・」
「して、どうした」
「うーん・・・」

少し考える素振りを見せた後、クッションを抱え直してが口を開く。

「三上くんと付き合うことになりましたーって言ったら、どうする?」
「は・・・?」

は一瞬絶句して、頭を振る。そして座っていたベッドから立ち上がってに詰め寄った。

「仮定だよね? 例えだよね? 冗談だよねぇ?」
「・・・それが本当だったりして・・・」
「あいつ殺す!」

に近付けていた顔を離し叫ぶ。その剣幕に、かえっての方が驚いてしまったほど。

「え、、殺すとか物騒だから!」
「何言ってんの、私のを取ったんだから当然でしょ! って言うか何でそんな大事なことを私に何の相談もなく決めてくるの!」
「いやそれはその時がいなかったから・・・って、了承が必要なの!?」
「当たり前でしょ!」

一喝してはふらりとベッドに倒れこんだ。あまりにも急なこと過ぎたのか、表情が疲れている。

・・・? 大丈夫? ごめんね・・・?」
「結構大丈夫じゃない。びっくりした・・・」
「え、死なないでぇ!」
「こら、勝手に殺すな」

真剣さに欠けるの頭を軽く叩く。「痛いんだけどー」と文句を言う声は聞こえない振り。全く痛くない程度にしか叩いたつもりはないのだ。

「えーと、、整理しよう。が三上と付き合うのかな?」
「いぇーすざっつらいと!」
「おいおい」

親指を立ててにっこりと笑うもんだから、始末におえない。

「あのねぇ、

のそのそと床を移動しての側までもう一度寄ると、の襟首をつかむ。
この際、の服が伸びてしまうとかそういうのは無視の方向で。

「三上は女の敵なの! いくらでも噂は知ってるでしょ!」
「えー、でもいい人だよ!」
「あんたのいい人はあてにならない!」

がむくれたような表情をする。それを見たが、大げさにため息をついた。

「あんたが三上を好きなのはまだ許せるとして、本当に付き合うなんて・・・。が勿体なすぎる・・・」
「まあまあ」
「言っちゃ悪いけどうまく行かない気がする・・・。大体、あっちはのあの事知ってんの?」
「多分知らないよ。当然教えてないし」

今日バレそうだったんだけど、多分平気だったんだ。
が笑顔で付け加える。

「いじめられたらおねーさんが守ってあげるからね、ちゃんと言うんだよ」
ありがとー、期待してるよん」

の声は明るい。



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++あとがき++
そーだもっと言ってやれ!
いいひとは信用できないぞ。

2006/09/13