ずっと不思議に思ってた。
おとぎばなしは2人が結ばれて終わるの。

「物語はおしまい。めでたし、めでたし」

それからどうなったのか、どこにも書いていない。
それだけで幸せになれるはずないのに。





Lacrimosa.25





悪事は千里を走ると言うけれど、人の噂はもっと速く走れるのかもしれない。は溜め息をつく。
教室のドアを開けた瞬間の、あの空気の変わりよう。生徒達の目。休みに入る前とは違う。

――嫌いな雰囲気。

こんな空気は好きじゃない。囁く声の中に、の名があるのを、三上亮の名があるのを聞いてしまう。
面と向かって言ってくる人はいない。

しかし。
向けられる視線は間違いなく険を帯びていたりして。それで囁きの内容が誉め言葉だと想像できるほど、はおめでたい人間でもなく。

取り敢えずの脱出を試みようとが教室の扉を再び開けようとした、その時。

「おっはよー。教室静かすぎない? あれ、出掛けるの?」

勝手にスライド式の扉が開いて、そこにはが立っていた。

「ううん、出掛けようと思っただけ。もうすぐ予鈴鳴りそうだし」
「そう?」

の笑顔と教室全体を見比べて、気付くこと、それは。

「ふーん・・・」
? そこ立ってたら邪魔じゃない?」
「はいはいすみませーん」

睨むように教室を見渡していたは、の声で笑顔に戻る。
わかった。この教室の、嫌な空気。
がいづらくなる原因。


予鈴が鳴って、本鈴の前に担任が入ってきて、教室の緊張感は霧散した。
担任は中年の女の先生で、そのくせして生徒達より元気がいい。新学期早々から。
気持ちは若い頃から変わってないのかもしれない。それ故、未だ空回っているような気がする先生だけれども。

朝のHRは眠気を誘う。
出席確認の声が聞こえる。

ふとを見ると、彼女は外を眺めてうわの空だった。
きっと彼女は、始業式をさぼる。
出席を取った以上、欠席扱いにはもうならないのだから。は、みんなが思っているような品行方正の優等生からは程遠い。


HRが終わって担任が居なくなれば、クラスがガタガタ動きだす。15分後には全員講堂にいなければならない。
その喧騒の中にも、朝の会話の続きが、断片的に聞こえる。

「ねぇ、

けだるそうに机に突っ伏したままのに声をかけたのは、中学の時から比較的仲の良い子だ。

「三上君と付き合ってるって本当?」

その問いは、にだけに問われたはずなのに何故か教室中に響いて、問い掛けた少女は少し驚く。
一方のは静まり返ったその空気に居心地悪そうにしながらも、予想されていた問いに短く答えた。

「ま・・・ね」
「本当に!?」

その途端周りから上がるのは、羨望と悪意に満ちた声。それは朝と同様に繰り広げられ、HR前以上に明白な攻撃の言葉となって沸き起こった。
ただの噂が、噂では済まなくなった。
少なくとも、三上亮の人気の前では。

「うそー、本当に付き合ってるの?」
「三上君どうやって誑かしたのよー」
「ちょっと可愛くて成績良いからって。渋沢君にも取り入ってるし」
「生徒会で、らしいよ」
「え、せっかく面倒な仕事押しつけたと思ってたのに?」
「あー、あたしがなっておけば良かった!」

火種を付けた少女がおろおろしている。は机に伏せたまま。は顔をしかめた。

「実は体で誘ったんじゃない?」
「マジ? サイテー」
「つーか脅迫でしょ」
「よく平気な顔してられるよねー」

聞こえよがしな、下品な言。半数をも巻き込んだ嘲笑。それでもは聞こえない風に黙っていたが、結局が先にキレた。

「あんた達黙ったら!? 見苦しいのよ」

叫ぶまでもなく、それでもクラス全体に通るような声で。教室は水を打ったように静まる。

と渋沢が親しいのは、過去にそれだけの時間の積み重ねがあるからでしょう。同じ学校に入って数年そこら、もしくは半年の人と同等に扱われるわけないってわからないの? だいたい私だってねぇ、三上みたいな奴とが付き合うのは反対なの」
、それってフォロー?」
は黙ってる!」

やれやれと言った風に、は肩を竦める。

「とにかく、それは改めた方が良いわよ。を恨むのはお門違いってこと。恨むならあなた達の大切な三上亮様を恨みなさい。に何かしたら、私が許さない」
「な、何よ、わけわかんない」
「わからなくて結構」

クラス中を巻き込みそうなの袖を引っ張って、がようやく切り返した。

、落ち着いて。人を落としめるしか出来ないなんて、私に勝てないって認めてるようなものじゃない。自分で私の所まで追い付けないから、相手を引きずり落として同じレベルに立とうとするの。ああ、醜いったら。さて、チャイム鳴るから移動しますか」

がたんと立ち上がった瞬間に響くチャイム。廊下とは対照的に静かなこの場所で、膠着状態の教室はそれを合図に、またざわざわとうごめき始めた。


、サボり?」
「さすが」

は人が動いても動かない。が考えた通り、始業式には出ないつもりらしい。

「終わったら呼びに行ってあげる」
「ありがとう」

が歩きだした先は、講堂とは反対側。



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++あとがき++
揉め事。
面倒。

2006/09/19