人の波と教師の目を掻き分けて、空へ続く階段を上がる。
ドアを開ければ、視界はいっぱいに広がっている。
薄く灰味掛かった白い空は、暑い日差しを和らげてくれている。

鍵なんか簡単に開けられる。
一人になれる場所へ。
彼と会えるかもしれない、あの場所へ。





Lacrimosa.26





は面倒事が嫌いだった。
そんなもの、好きな人なんて居ないだろうが、それ以上には面倒事が嫌いだった。

それでも。
予想はしていたことだ。
彼は学校で1、2を争う有名人なのだから、付き合うとなれば良くも悪くも噂は絶えない。隠し通せる期間だって、努力したところでたかが知れている。
は面倒事が嫌いだったが、面倒事を承知で返事をした。だから、さっきのような状況は甘んじて受け入れなければならない。


「はぁ・・・」

空が見えるように寝転んで、は息をつく。
三上は来ていない。サボるつもりがないのか、ただここに来ていないだけなのかはわからない。

「めんど・・・」

弱まっていても眩しい光に目を細めながら、は独りごちる。
はやっぱりなのだから、同学年でいじめに遭うことはきっとないだろう。後輩は校舎も違うし、問題はない。3年の先輩は、この時期受験に向けてなりふり構っていられない。

――となると、1つ上は。

わかっていたって、ごめんだ。
はブラウスの左袖のカフスを外して、手首をかざす。隠れていた真新しい赤い傷が、逆光で黒く目に映る。

――ああ、面倒臭い。


「彼女ー。スカートの裾には気を付けたらどうですかー?」
「あー、来ましたか」

遠くから聞こえる声に視界を巡らすと、屋上ドア付近に、案の定というか三上立っていた。
はのんびりと上半身だけ起こして、スカートを見てからそちらを見る。

「遅かったね。・・・で、スカートの裾がどうかした?」
「見えそうだとか思わねぇの?」
「この状態とあの角度で見えちゃったらエスパーだよ?」

一応指摘されたスカートの裾を軽くつまんで、は形を整えた。

「おまえさぁ。何でまたこっちいるんだ?」
「理由が無いと駄目?」
「理由なしじゃ普通は来ねぇよ」

暦上では秋といえども、天候はまだ真夏。日当たりはむしろ女子棟より良すぎて、気温も体感温度も高い。
冬は陽なたを求めて男子棟へ来ていた彼女も、夏は遠ざかっていた。

「三上君に会いに。OK?」
「そりゃどーも」
「もうちょっと喜んでくれても良いのに」

だってせっかく仮にも彼女が会いにきたんだからねぇ。
そう言っては笑った。
何らいつもと変わらない。

「ねぇ、男子棟ではどうだった?」
「どうって、何がだよ」
「三上亮とが付き合ってることについて。何か面白いこと有った?」

タンクの裏の僅かな日陰に移動して、が座り直す。その彼女の前に三上も座った。
面白いこと、をはいつも期待している。

「別に。まあ質問攻めは来たけど。そっちは何かあったのか?」
「いじめられた」
「は!?」
「なーんてね」

一瞬だろうと本気で心配しただけに、冗談めかした答えに力が抜ける。

「あのなぁ・・・」
「でも、歓迎されてはいないよ。実際、色々言われたし。ほぼ確実に実力行使には出てこないと思うけれどね。少なくとも、この学年は」

へらりと笑ったまま、は言った。
実力行使には出てこない。そう言い切る理屈は三上にもわかる。
彼女達はむやみにに危害を加えない。やれば、三上に伝わった時に困るからだ。せいぜい、物を隠したり小さい物を仕込んだり、その程度だろう。
しかし、だからといって、そう簡単には納得できない。

「あーあ、みんな躍起になっちゃって可愛いなぁ。私を貶せば、それだけ三上君の価値観を否定してるってことになるのに。気付いてないだけかな」

面倒臭いと言わんばかりに、が毒づく。かったるそうに背を壁に預けて、それでも顔は笑ってるんだから始末に終えない。
もっとおとなしくて、何か言われても黙って俯いてしまうタイプだと、昔は思っていたのに。

「ねぇ、三上君?」
「名前治ってないぜ」
「名前・・・? あ」

しまった、という顔では頭をかかえる。

「癖なんだよね・・・亮あきらあきら」
「で、結局いじめられてどうなったんだよ」

ふふ、と誤魔化すように笑いながら、呪文のように三上の名前を繰り返す。ずっと「三上君」で通していた以上、簡単に変わるものではないらしい。
話がこのまま見事に脱線しそうだったので、三上がもとに引き戻す。

「んー、どうもならないと思うよ? だってがいるし。あの子達だって、三上君・・・じゃなかった、亮の機嫌損ねたくないだろうし」
「へー・・・」

に言わせれば、は短気で喧嘩は強いらしい。後輩からはかなりの人気だったとか。
いざとなったら守ってくれるとか、そんなことまで。


盛大にチャイムが鳴って、始業式の終わりを告げた。



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++あとがき++
どうなんだろうなぁ。
色々あると思うんだけど。
アンチ派の人って、それをよく観察してて面白いよね。

2006/09/22