空っぽに近い鞄が2つ。

ひとつは私の
ひとつは彼女の





Lacrimosa.27





女子棟の方からバタンッと大きな音がするから、2人同時にそちらを振り返った。
みれば、そこには肩で息をしたが、学校指定の黒い鞄を2つさげて立っている。

「ちょっと・・・あんたまたそっちに!」
「あーごめん! 投げて!」
「10メートルも飛ばせる自身ないんですけど」
「平気平気、だし!? それにここ10メートルもないよ」

女子棟から男子棟まで、大雑把に見て8メートル。鞄1つなら、投げられない距離ではない。
空気抵抗もろもろ考えれば切りがないけれど。

「落としたらどうするの!」
「拾いに行けば良いんだよ」

いや、そういうことを聞いているんじゃないだろう。例えば、中身は大丈夫か、汚れてしまっても良いのか、のような、そんなことだろ。
口には出さずに、三上は呟く。

「無理そうなら、そこのタンクの上に乗って投げれば、きっと届く!」
「はいはい、もうわかったから」

声が聞くからに呆れている。
は自分の鞄をコンクリの床に置くと、の鞄のファスナーを確かめる。それから色々傾けて持ったりしてみて、それから持ち手のひもをひっぱる。
ようやく投げやすそうな丁度良い場所を見つけたのか、鞄を持って2、3歩下がった。軽いステップで大きく反動を付けて投げ出された鞄は、黒く弧を描いての足元に落ちる。

「さっすがー。ありがと!」
「部屋帰ったら何かしてもらうからね」
「もちろん」
「まったく・・・」

が置いてあった自分の鞄を拾いあげる。

「じゃ、私部活あるから。もさっさと戻っておいで。見つかった後は面倒見られないんだから」
「うんうん。ありがとね!」

笑顔でに手を振る。それに応えるようにもまた、後ろを向いたままひらひらと手を振った。
の姿がドアの向こうに消えると、は屋上のフェンスにもたれて座り込む。

「さて、鞄も貰ったし帰ろうかな」
「それはわざわざ座って言うせりふじゃねぇだろ」
「あーうん、大声出したら疲れちゃって」

立っている三上を見上げて、は笑った。

「でも立つかー。三上君だって暇じゃないし」

部活あるもんねー、と小さく言って、大きく伸びをする。
その時、三上の目に映った赤いもの。の左のカフスの影にちらりと見えた。
時計・・・ではないような気がする。何かと思っても、がすぐ腕を下ろしてしまったために、この位置からではよくわからない。

「うわっ! ・・・・・・・!?」

いきなりの腕の衝撃に、三上の意識が戻る。瞬間的に、腕を回しての体を支える。
立ち上がろうとして、また立ちくらみを起こしたらしい。最初の衝撃は、倒れまいとして彼女が三上の袖を掴んだものだった。

・・・!? また貧血か?」
「そんな感じ・・・」

ゆっくりまた座らせると、がしゃんとフェンスにが寄り掛かる。こういう時、彼女はいつも顔色が少し悪い。
だるそうに頭を押さえていて、さっきのカフスが嫌でも目に入った。
赤黒い、一本の真新しい大きな傷と。
赤い数本の細い小さな、それこそ紙で切ったような傷と。

それは、見方によっては。


、おまえ・・・」

三上がの左手首を掴む。
彼女の顔がゆがむ。

「これ、」

日の光にさらされた傷痕。
ずっと長袖を着ていた理由。
決して浅くはないだろう、1本の大きな傷。それよりは細い傷が2つ3つ。それに、いくつかの引っ掻いたような小さな傷と。
傷口に触れた指先には、ぬるりと特有の感触があった。

自然に出来てしまったにしてはあまりにも不自然な傷の群れが、ほぼ平行に狭い間隔で並んでいた。


2人とも一言もしゃべらない。


「リストカット・・・」

三上がぼそりと呟く。


――ああ。

時間の流れが止まった気がする。
頭の中が真っ白だ。



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++あとがき++
バレました。
知られた方も知った方も、心の葛藤はどうなるんでしょう。

2006/10/06