あなたが好きなのだと。
何回言えば伝わるの。

こっちを見ていてと。
どうやって言えば聞いてもらえるの。





Lacrimosa.32





写真は剥がされた。
けれども、話は消えない。

「三上、おまえ何やってんだよ、あの写真」
「あ? うっせーな、何だっていいだろ」

三上は不機嫌さを隠そうともせず、低く返した。
授業前には朝練、昼休みに昼練。三上が今日今まで質問攻めにされなかったのは、単に教室にいる時間が短かったからにすぎない。
そんなわけだから、6限終了後、窓際の三上の席には、まだ人が集まってくる。近づいてこなくとも、遠巻きに眺めている者も多い。

さんと付き合ってからまだ3ヶ月だろ」
「まー三上にしちゃ普通の長さなのか」
「つーか勿体ねぇ」

自分と関係ないから、周りは好き勝手に言う。
ただ、面白がっているだけだ。
恋愛ゴッコといじめ。閉ざされたクラスの中では、それ意外にやることなんてない。
そして今まさに、その内の1つが目の前で起こったのだから、好奇心が向くのは当然のことだった。

「三上、あの写真さぁ」
「おまえさんになんて言うの?」
さんでも三上を更正させんのは無理だったか」
「彼女も大変だよな」

「うっせーなてめぇら黙れ!」

一応黙っていた三上が立ち上がる。
目付きの険悪さに、勝手に喋っていた者たちも一様に口をつぐむ。
不機嫌な彼をからかって良い時と悪い時があるが、今回は間違いなく後者だ。
そのぐらいも察せないほど、武蔵森の生徒は馬鹿ではない。

「おい、三上どこ行くんだよ。終礼、」
「サボり」

いらいらしたまま席を立って、三上は教室をあとにする。
近藤の止める声もお構いなしだ。

畜生。
気分が悪い。





見たくないものを見てしまうような状況。そんなものに遭うのは、嬉しくないことに得意なほうだと思う。
いつかのあの時も。
つい最近のあの時も。
そして、今この瞬間のこの時も。


何メートルか先の、男子棟と同じ高さで建てられた女子棟の屋上。
フェンスにもたれて座り込む
背中越しに見える銀色。
白くて赤い、傷だらけの手首。
何故だかそんなものがやたらはっきりと目に映って。
それなのに何故だか止めさせるための声は出なくて。

は三上の目の前で、右手に力を入れた。
三上はが実際に切っているところを初めて見た。

赤い血が流れたのを、が手首を押さえたのを見て、ようやく声が出た。




「・・・うわ、居たの? もしや見てたの?」

三上が押し黙る。
今朝の写真が、頭をよぎる。
は沈黙を肯定と取ったようだった。

「せっかく共同棟行かなかったのに・・・。盲点だったかな。亮見てたでしょう? 性格悪いよ」
「うっせーよ」

顔を上げたは、いつものように笑っていた。
何もかも変わらないように思えて、それが却って三上の癪にさわる。

――知っているくせに。


「ねぇ亮、今日一緒に帰ろ?」
「部活あるけど」
「うん、知ってる。でも私も遅いし」

文化祭が迫っているから。

「いい?」
「いいぜ」
「やった」

の微笑みが、いっそうの笑顔に変わる。
それには、心なしか安堵が含まれているような気がした。

――駄目だ。
色んな意味で。

「こっちが先に終わったら待ってる。そっちが先に終わって疲れてたら帰っていいからね」
「ああ、わかった」
「じゃあ部活頑張って」

スカートを払って、が立ち上がる。
血はもう止まった。傷口は白いブラウスの袖の影。


大丈夫。
私は頑張れる。
彼の前で笑ってることだって出来てるもの。



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++あとがき++
先生の耳には届いているでしょうか。
生徒同士なら、誰からも相手にされない子以外はもう完全に知ってるでしょう。

2006/11/12