追い出されても、役に立てるなら。 それで負担が軽くなるのなら。 そんなことしか出来ないのなら。 Lacrimosa.35 締切のカーテンから、人工でない光が射している。 やたら明るくて、やたら眩しくて、奥まで射し込むオレンジ色の太陽光。 秋も半ばが過ぎれば、陽はあっという間に傾く。 大量のポスターに生徒指導印を捺し、捺せないものはメモを付けて重ねる。 大きさと団体ごとに分ける。それだけのことなのに、掛かった時間は短くない。 全て重ね終わって大きくため息をついたは、次にパソコンとプリンタの電源を入れた。そして、起動までの時間に、鞄の中からプログラムを取り出す。 載せられた校内地図を見ながら、彼女は順番に主要場所の経路や立入禁止場所を打ち込み始めた。 使う人の少ない廊下を通る足音が聞こえて、は指先の速度を落とす。 耳を澄ませると足音が止まって、幾分か前に聞いた声がした。 「買ってきました」 「お帰りなさい。重かったでしょう。・・・笠井くん、手大丈夫? もう置いていいよ」 人が安心するような笑みを浮かべて、は振り返った。思ったより時間が掛かっているが、笠井の左手が見えては責める気にもなれない。 キャリーケースを持った右手と逆の手は真っ赤になって、おそらく細くなったビニール袋が食い込んだのか、痛々しい跡がついている。 「いえ、平気です」 「買い出しに行くんだったらついでにって、先生に更に紙買ってくるように頼まれたんです。それで、これに入りきらないうえに乗りきらなかったのを持ってもらって」 「ああ、それで」 つり銭と領収書を受け取りながら、が返事をする。 「大丈夫ですから。これ、コピーですか?」 笠井が何とも思ってないような表情でたずねた。 それに微笑みながらも答える。 「そう。それじゃあ帰って早々悪いんだけど、コピーしてもらえるかな」 「これが両面で800部、それからこっちが4000・・・ですよね」 「そう、よく憶えてるね」 感心したようには言った。 さっき彼らが出掛ける前、1回言っただけなのに。 「製版と試し刷り用の紙はこれ。上から何回も重ねて使って。そういえば印刷機使ったことある?」 「俺は無いですけど・・・」 「あ、あたしあります。春の部誌作った時に」 少女が声を上げる。 それには笑みを深くした。 「じゃああなたに任せていい?」 「あ、はい」 「よろしくね」 少女の声がわずかに上ずり、頬がほんのりと赤くなる。 それを微笑ましく思いながら、はパソコンの前に戻る。 ほどなくして、印刷機の動きだす音が聞こえた。 古いらしく、いつ聞いても壊れそうだと心配になる。 「そういえば先輩、何か飲みませんか?」 「え?」 が振り向くと、少女が紙パックのジュースやらお茶やらを4つも手に持っていた。 「コーヒー、アイスティー、オレンジ、ココアなんですけど」 「ありがとう、じゃあオレンジ。・・・いくら?」 「あ、良いんです。さっき先生にお使い頼まれた時のお駄賃なんです」 オレンジジュースのパックをに手渡しながら、彼女が恥ずかしそうに笑う。笠井が少し呆れ混じりの表情をしてるところを見ると、彼女の交渉か何かで2本ずつ手に入れたのだろう。 印刷機の音が止まって、笠井が紙を入れ替える。 4000枚の後だと感じにくいが、800枚でも量としては十分多い。 「これ、裁断しますか?」 「お願い」 「ホチキスは」 「左上に。芯の予備はロッカー一番左上から2つめ」 パソコンから目を離さずにが返事をする。 それに答えて、少女は重い裁断器を動かす。 絶えず聞こえる、鈍い裁断音。 アイドリング中の印刷機の音。パソコンの起動音に、キーボードを叩く音。 規則的なホチキスの弾ける音。 人が言葉を発さない分だけ、それらが余計に大きく聞こえる。 外は日が落ちてもうかなり暗い。 下校のチャイムまで、あと。 Back Top Next ++あとがき++ 4000・・・4000枚・・・。 そんな量の紙、普通に学生生活してたら見ないよね・・・。 文化祭直前は、文化系部の責任者を中心とした最高学年が、ばったばったと倒れていきます。 でも1番休みが多くなるのは文化祭の次の日だったり。 2006/11/23 |