待ってて。
私は待てるから。
あなたも待ってて。
嫌ならいいから。





Lacrimosa.36





1人になった生徒会室で、はパソコンに向かったままでいた。
中学生の最終下校は5時30分。2人が頑張ってくれたおかげでコピーは殆ど終わったが、後わずかに作業は残っている。
作らなければならないレジュメの方も、もう終わりまでそう遠くない。

消印は明後日。
文化祭も明後日。
明日明後日は、こんなことやってる暇なんてない。
早く終わらせなくちゃ。


外はもう完全に日が落ちている。
目を酷使しすぎたせいか、頭がガンガンと響くように痛い。
は頭を押さえて、目を閉じた。
こうしていれば少し楽になる。楽になったら、また続きを。

目を瞑った中では、外の声がまだ聞こえる。






練習が終わって、三上は正門を確認した。
はいない。先に帰るという連絡もあった様子はなかった。

まわりを見渡すと、まだ明かりのついている部屋がぽつぽつと点在している。
明後日に間に合うか間に合わないかの瀬戸際で切羽詰まっている文科系部員が、ギリギリまで残ろうとしているのだ。
時間が大分遅いせいか、女子棟の方には明かりの気配がなかった。
共同棟を見ると、そこにも明かりがついている部屋が存在している。

「帰らないのか?」
「渋沢か」

肩を叩かれて振り向くと、すっかり帰り支度をした渋沢が立っている。
彼は三上が見上げていた方に顔を向けると、納得したように言った。

「ああ、か。まだ残ってるんだな」
「わかるのか?」
「生徒会室に電気が付いているんだ、副会長なら残ってるだろう。・・・それを見ていたんじゃないのか」

渋沢が視線を下ろして、不思議そうな顔をした。
それがすぐに曇ったのは、朝の騒ぎを思い出したからだと思う。

「待つか?」
「・・・つーか本当にいるのかよ。下校時刻とっくに過ぎてるぜ」
「残ってると思うが。気になるなら連絡してみれば良いだろう」

そう促されたが、電話を掛けるどころか、メールさえもに送るのがためらわれた。
――何て言えば良いか、わからない。

「・・・どうした?」

黙った三上に、渋沢が尋ねる。

「俺やっぱ見てくんわ」
「そうか」

さして止めようとはしなかった。
三上は、正門と逆の方向へ歩きだす。



廊下は電気がほとんどついていなかった。故に、階段はいっそう暗い。
この学校に入って4年目だというのに、共同棟に用事があって来たことはあまりなかった。

外から見えた場所を思い出して、適当に生徒会室の場所の当たりを付ける。
明かりのついている教室は少ないうえに、暗い廊下では教室から漏れる僅かな明かりも非常に目立つ。
その状態で生徒会室を見つけるのに、そう時間はかからなかった。

教室の外で、プレートの文字を読む。合っている。
外に何かしらの音は聞こえてこない。中に人がいるのか疑わしいほどに静かだ。
覚悟を決めて、三上は生徒会室のドアを開けた。

「・・・うわ、汚ね」

誰も掃除をしないのだろうか、しても雑なのだろうか、片付けが追い付かないのだろうか。
足の踏み場こそあるものの、教室の中はかなりちらかっていた。

散乱している紙の山。
多過ぎるほどの段ボール箱。
一応分別はされているようだし、ロッカーの前には物が少ないことを見ると機能的には出来ているらしい。
けれど、それを差し引いても乱雑さが目につく。

少し呆れながら部屋を見渡すと、渋沢の言った通り、はまだ部屋にいた。体はパソコンに向かっているが、頭は机に突っ伏した状態で座っている。
キーボードの上に置かれたままの手。画面はすでにスクリーンセーバーが作動していた。

「ったく・・・おい、起きろ。帰るぞ」
「ん・・・うわ、え!?」

三上に肩を揺すられて目を覚ましたは、顔を上げた瞬間思い切りよく叫んだ。
戸惑う三上に構わず、はそのままの勢いで尋ねる。

「嘘、今何時!?」
「へ?」
「時間!」
「さっき見た時は9時前」
「ああ・・・」

が頭を抱えてマウスを動かした。文字の羅列が画面上に表示される。
画面を確認して、彼女は三上に向き直った。

「ごめん、亮! 終わらなかった、本当にごめん。帰って良いよ」

パンッと手を合わせてが謝る。
いい、と言われても上目遣いで見てくる目を見ると、帰れそうにない。

「・・・後どんくらい残ってんだ?」
「んー、これが多分後30分くらいで終わるかな。で、あとあれの残り綴じるのが・・・30分で終わるかなぁ」

パソコンを指差し、次に印刷機の横の机を指差してが言う。
順に見ると、確かにその机の上にはコピーし終えた大量の紙が乗っている。

「・・・多いな」
「うん、だからもっと掛かるかもしれないし、本当に帰っていいよ。私から頼んだのにごめんね」
「つーか・・・本当に多過ぎじゃねーの?」

何でが1人でやってるのか尋ねそうになったが、それはあえて止めた。聞かなくても、大体想像はつく。

「まあ仕方ないんだよね」
「あと何やるんだ?」
「え?」

1度机に向かったが、は不思議そうに三上を再び見返す。

「何って・・・だからこれと、」
「中身だよ」
「ん、合同生徒会の送付プリント作るのと、あのプリント綴じるのと」

指はキーボードの位置で、顎でそれぞれを指す。

「もしや手伝ってくれるとかー?」
「別にいいぜ、やってやるよ」
「え、それはダメだよ、亮部活後だし」

自分で言ったくせに、と思う。
疲れてるからと言いたいのだと思うけれど、居眠りしてしまったが言ってもいまいち説得力はない。

「出来てるやつの通りにやればいいんだろ」
「そうだけど・・・本当にやるの? やってくれるの?」
「やるっつってんだろ。お前はそっちやってろ」
「はーいありがと亮。愛してる」

最後がやけに剣を含んだように聞こえて、三上は驚いての方を見た。
背中が向けられていて、キーを叩く音がする。

声色が違って聞こえたのは絶対に気のせいだと、何故かわかった。



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++あとがき++
それは本当に嘘なのか、妄想なのか。
ところで彼女はどのくらい寝ていたのでしょう。
1時間越えてるのは確かだと思う。

2006/11/29