何をしたら。
何をすれば。

少しでも振り向いてほしいから。





Lacrimosa.40





部屋でひとり、は溜め息をついた。
部屋が寒いせいで、吐き出された息が白い。は帰ってから暖房のスイッチを入れるということを失念していた。

机に向かって教科書を広げても、何もする気が起きない。
勉強して気を紛らわそうと思ったのだけれど、紛れるほどにまず集中することができなかった。

気が緩めば、考えるのは噂のことばかりで。

三上亮の、新しい彼女。
私じゃない、彼の側にいられる子。

そんなの気にしないって決めたのに。
2回3回と回が重なるごとに、その決心は揺らいでいく。
そして、自分ではコントロールのしようがなくなってしまう。



! たっだいまー!」
「うひゃ!?」

首筋に冷たいものがあてられて、は素っ頓狂な声を上げた。
振り返れば、がひらひらと手を振って笑いながら立っている。
さっきの冷たさは、の手だ。

「何すんのよー!」
「あーごめんごめん。寝てるなら起こしてあげようと思って。寒いんだから風邪ひくよ? しかも暖房入ってないし、何やってんの。それにしても変な声」
「うわ、ひどっ。誰のせいよ」

の体を押す。
冗談半分にごく軽く、だからも避けたりしない。

「何してたの?」
「テスト勉強」
「何、嘘、めっずらしー」

の前に置いてあるノートを覗き込む。
開かれたノートには、丁寧な文字で書かれた数式が少し。隣の問題集は、範囲の1番最初のページ。

「始めたばっかなの?」
「え? あ、うん・・・」

歯切れの悪いの答えが、妙に引っ掛かる。それをあえては気付かなかった振りをした。

「だけど珍しい。試験範囲わかってるの?」
「・・・実はよく知りません。ここって範囲に入ってる?」
「入ってるわよ。そこの単元丸々全部だから」

えー、とが不満そうな声を洩らした。
そんなこと言っていつも私より成績良いくせに、とが笑いながら言い返す。

「今回はどうだかわかんないの!」
「はいはい、何回言ってると思ってるの」
「む、信用されてないな」

が頬をふくらませてノートを閉じた。
数学の試験勉強はもう終わりらしい。
ノートに続いて教科書類もバタバタと片付けていく。
最後に筆記用具も含めたそれら全てを鞄に放り込んで、は椅子ごと後ろを向いた。

「やーめた! 今度はが勉強する番」
「あんたに言われなくったって私はやるわよ。と違います」
「む。じゃあ教えてあげないから」
「え、待って、それはさすがに困る。私をあてにして授業真面目に聞いてないんだから」

慌てたようなの言い方には笑った。

「何やる?」
「物理」
「それは無理ー。私が聞きたい」

が速答する。
授業を聞かないせいなのか、彼女は最近理系科目が苦手になりつつある。
大抵は『昔に比べて』苦手、という程度で定期テスト程度では問題ないのだが、それでもは気にするのだ。

「誰かに聞かなきゃ・・・。油断した! 授業聞いとけば良かったかなぁ」
「あー、あの教師は意味ないわよ。最初から聞いてたって。で、どうすんの?」
「うーん、亮にでも聞いてみようかなぁ」
「何でこの期に及んで・・・」

呆れたが肩を落とす。
それを見たが「なんでー?」と甘えたような声を出した。

「得意だよ、きっと」
「きっとじゃなくて得意だったわよ、けどねぇ」

頭を押さえてがたしなめる。

「何で今そうなるの・・・。話聞いてなかったの?」
「へ? 何の?」

知らないのか気付かないのか、それとも振りをしているだけなのか。
判断のつきにくい表情でが問い返した。

「言いにくいこと言わせないでよ。わかって言ってたら怒るわよ」
「はーいごめんなさーい」

まったくたちが悪いんだから、とはひとりごちた。
に聞こえない程度に、小さく。

「でもさ、・・・仕方ないと思うんだよ。それでも別れないで済んでるってだけで十分」
「・・・本気?」
「理想」

が足をぶらぶら動かす。素足の状態で、ずいぶん冷たくなっている気がする。

「随分な理想ね」
「ま、ね」

そんなこと言ってると泣くだけなのにと、口を滑らしそうになった。
わかっているだろうに、言う必要はどこにあるのか。



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++あとがき++
理想を求めて苦しむのは、いつも自分。
わかってても作ってしまう仮初の自分。

2006/12/10