なんで、どうして。
どうしてだろうね。

それ、言ったら伝わるの?





Lacrimosa.42





答案返却と成績発表は同日に行なわれる。
朝のホームルームぎりぎりで登校したは、さっさと答案用紙の束と通知表を受け取って教室を出た。
受け取る時、何か担任の教師が言いたそうな顔をしていたが、それを笑顔で黙殺した。
どうせ今言われても後でまた言われるなら、それを聞く回数は1回でいい。

廊下に出ると、いつのまにやったのか、順位表が大きく貼りだされていた。
結果はわかりきっている。それに、成績表と共に配布された方の順位表も、同じ結果が書いてあるはずだ。
なら、1人になったら見ればいい。

そしてその1人になれる場所に行こうと、は歩きだした。
さて、行き先はいつもの所だけれど。

――面倒なことには、なるだろうか。








「・・・ちょっとこれ、どういうことよ・・・・・」

廊下の成績表の前で、は足を止めてつぶやいた。
大きく貼りだされたそれにはどの教科も30位までが載っている。その表の右側・・・つまり中でも良い方の常連だった名前がない。
ずっと左に下っていっても、その名前は最後まで見つからなかった。

「はぁ? あの子何やったの? 休んでないし風邪も引いてなかったわよ? 印刷ミス? 採点ミス? まさかね・・・」

ぶつぶつ考えて歩きだすと、すぐに階段から降りてきた担任と出会った。
彼女は困惑の表情を浮かべ、が会釈すると焦ったように呼び止めた。

さん! 良かった、さん知らないかしら?」
・・・ですか?」
「そう、さん。あなた仲良かったわよね」

仲が良いのだから当然知っているでしょうと、言わんばかりのその口調には眉をひそめる。
それをあまり強くない理性で押さえ込んで、彼女は口を開いた。

「いえ、知りませんけど・・・」
「あらそうなの? 残っているように言ったのに。連絡とれない?」
「校内放送が早いと思いますけど・・・」

つい漏らしてしまった声は、呆れを隠し切れていない。それでも一応敬語だったせいか、その教師は気付かずに「そうね」とうなずいた。

「職員室で確認してみるわ。ありがとう。見つけたら声かけておいてね」
「あ、はい。・・・ところで、は何を」

用事は済んだとばかりに立ち去ろうとする彼女を引き止め、は尋ねる。
すると彼女は、意外だという目でに問い返した。

「あら、さん聞いてないの?」
「多分聞いてないと思いますけど」
「そうなの。さん言ってなかったのね」

担任教師はため息をつく。

さんね――」








「ったく、本当にあの子は何やってんのよ!」

大きめの独り言を言いながら、右手には携帯電話。階段を下りていくは凄まじい形相で、学年が上の人さえも思わず道を空ける。
そんなことには全く気付かず、彼女はそのまま外へ出た。
冬の空気はひたすら冷たく、は左手をポケットに入れる。

「メールは返さないし電話は出ないし。もしかして・・・ああ、でも・・・ありえるわね。なら結局かなり気にしてたんじゃない、これだからあの男は・・・」

携帯電話の画面を見る。部活まで時間はまだ結構ある。
憤ったまま、彼女は手にした携帯電話のメモリを呼び出す。
「何だよ?」と怠そうな声に、は電話ごしに叫んだ。

「何だじゃないわよあんた本当に馬鹿ね、どうしてくれるの!?」
「はぁ? わけわかんねーよ何言ってんだ?」

怪訝そうな声が、不機嫌に返してきた。
はそれに強い口調のまま言う。

「ふざけないでよ冗談じゃないわ、自分の胸に聞いてみなさい」
「知るかよ、わけわかんねー」
「・・・あんた、のことまだ嫌いになっていないでしょうね」

急にが声を落とす。その問いに、電話の向こうで沈黙が落ちる。
答えのない返事を一仕切り聞いたあと、は再び口を開いた。

「成績表見た? 見てないなら今見て」
「めんどくせぇ」
「うるさい、さっさと出しなさい」

ドスンと鞄を置く音が聞こえる。いつのまにか歩いてきていた男子棟との境のフェンスにもたれて、はそれを待つ。
風が冷たい。

「・・・で?」
は今回何位に載ってる?」

再び相手は黙る。探しているのだろうとも黙る。
やがて電話越しの声が戻ってきた。

「おい、は・・・」
「見つかった?」
「いや・・・でもあいつ、いつも総合1位だったんじゃ・・・」
「でもないわ」

状況を飲み込めていない相手に、は冷たく言った。

「何があったか教えてあげても良いけど。あなたがちゃんとに報いてくれるなら。彼女をもう嫌いになったのならどうでも良いけれど」
「だから」
「身に憶えがないとは言わせないわ」

それに言葉がつまる。
ない、とは言えない。

「どう」
「聞く」

今度は速答だった。
それに満足して、は口角を持ち上げる。
このくらい言えば、彼はもう動く。後は、自身がどうにかできれば。

「あのね」

が周囲を見渡す。人はあまりいない。
ほんの少しだけ、声を落とす。


・・・テスト全教科白紙提出だったらしいわ」



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++あとがき++
ああ、いい子じゃないな。
それだけやる度胸が欲しい。っていうかやってもそれほど困らない成績が欲しい。
これってテスト中相当暇だったと思う。

2006/12/13