「えっと・・・・」
「そっち行ったら校舎出るぞ」
「えっ!」

「あれー?」
「中二は下」
「あぁ!」

方向音痴は冗談じゃなかった。





Lacrimosa.6





「おっかしいなー、こまったなー、この前も来たのに」

隣を歩く彼女は、笑いながら呟く。
別に全く困ってなさそうに見えるのは気のせいだろうか。

「頭は良いくせに」
「ホント、頭良いのとは関係ないのかも」

頭が良いと言われても否定しない。それは本当に良いのだから仕方がない。
そのでも、苦手なものがあるらしい。

道を憶えること、人の顔を憶えること。

それって記憶力や頭脳の良し悪し以前に、社会で生活するうえで困る気がする。


「・・・よくそれでこの前、渋沢のクラスに来たな」
「ああ、あの時はねー」

これだけの方向音痴っぷりを発揮している彼女が、迷わず来られるものだろうか。
男子棟とは基本的に縁の無いはずなのに。

「あの時はね、昼休みで人が一杯いたから、その辺の人に聞きまくったの。後は勘?」

昔から勘はかなり良くて、テストのヤマもよく当たるらしい。
もっとも、彼女はそんなものに頼る必要などあまり無いのだろうけど。


「で、ここ曲がったら二年」
「三上君凄い! 時間前に着いたー」

時間前に着くということはそんなに素晴らしいことなのだろうか。
は心底感激しているようだ。

「笠井君どこかな」
「・・・・お前、もしかしてクラス知らねぇの?」
「うん」

さすがに、この無謀さには少し呆れた。

「・・・そこの2番目の教室」
「あ、そうだったかも」

そういえばこういう名前のクラスだった気がする。さすがだね。

はしきりに感心している。
2−AだのBだのというクラスに、こういう名前もなにも無いと思うが。





チャイムが鳴った。
急に廊下までもが騒がしくなる。
勢い良くドアを開けて走りだす者がいる。

「あ、センパーイ!! 三上先輩!」
「あの馬鹿・・・」

そんなに離れているわけでもないのに大声で呼ばれ、その近辺の視線が皆と三上に集中した。
声の方向からは、少年が一人走ってくる。
危険を察したのか、は軽く避けたが、走ってきた人物は気にする様子が無い。

「あ、またタクに用っすか!?」
「そう。呼んでもら・・・いいや」
先輩。と三上先輩? ・・・御用ですか?」

廊下のあまりの騒々しさでわかったのだろう。
笠井が出てくる。

「もしかしてこの前貰った資料のNo.14ですか?」
「あ、それ! ごめん、それ訂正箇所直ってないんだ」
「それなら、場所教えて頂ければ直しますけど・・・」
「ううん、量多いし」
「そうですか」

一度笠井が教室に引っ込み、すぐ何枚か紙を持って出てきた。

「よろしくおねがいします」
「ううん、こっちこそ変なの渡しちゃってごめんね」

資料を受け取ったは、用が済んだとばかりに向き直るが、すぐに辺りを見回した。

「えーっと・・・出口ってどっち?」
「右に進んで突き当たりの階段下りるんですよ」

笠井が苦笑しながら教えた。

「今日は三上先輩が案内だったんですね」

また授業サボったんですか、と勘の良い後輩は指摘する。
この言葉は、多分両方に向けて発されたのだろう。


「あんまりそういうのは気にしない! じゃあね」

来た時と同様、二人並んで階段を下りる。



「・・・お前さぁ、来た時と逆に行けば良いだけだろ」
「そんな事したら屋上に行っちゃう」

1回通っただけでは、は道を覚えられないらしい。
来るのは3回目の笠井のクラスでも分からないのだから、無理もないだろう。

「屋上は迷わなかったのかよ」
「一人だと天性の勘が働くのね」

周りに人が居ると自然と頼ってしまうらしい。
・・・・典型的ダメ人間のような気さえしてきた。

「あ、そうだ」

が三上の顔に人差し指を向ける。漫画にしたらそれこそ「ビシッ!」という効果音が付きそうだ。

「お前、いきなり・・・」
「それ!」

「私の事、ほとんど代名詞『お前』で呼んでるでしょ。結構悲しいんだよ、それ」

思い返してみれば、確かに名前で呼んでない気もする。

「何がいいんだよ」
「最低ライン『さん』でしょ。敬意を払って」
「わかったよ、『』だな」
「それはまた随分飛ぶんだね」

そう言いながらも、は楽しそうだ。

「まあいいや。三上君のお好きなように」

案内、ありがとね。練習頑張って。


いつの間にか、校舎の外にいた。


Back Top Next
++あとがき++
少しずつ長くなってますが、軽めに行きます。
彼らも無理矢理出しました。
ごめん、みかみん、忘れてたわけじゃないよ、君の存在。
よし、私の仕事おしまい!

2006/05/18