となりのあの子は幾らになった? 煤 竹 かってうれしい はないちもんめ まけてくやしい はないちもんめ あのこがほしい あのこじゃわからん このこがほしい このこじゃわからん そうだんしよう そうしよう 親のことは憶えていない。父親はおろか、母親さえも。 死んだのか生きてるのかも自分は知らない。でも、どっちだっていい。 顔も憶えていないような両親など、生きてても死んでても同じだ。 自分を生んだ両親に代わって育ててくれた人がいる。 その人が、俺にとっての親だった。 職業は女衒。 要するに、娘買い。 忌まれ、嫌われ、それでも必要とされる職業。 物心ついた時は、すでにその人と一緒に村々を回っていた。 売り飛ばして金になるような、そんな女の子を探すために。 ある日入った村は、やっぱり貧乏な村だった。 当然だが、豊かな村では子供を手放す必要がない。だから、そういう村には入らない。 しかし大して広くもないのにめぼしい子供は見つからず、二日目でその村を出ようとした、その日。 『 かってうれしい はないちもんめ まけてくやしい はないちもんめ・・・ 』 「父さん、こっち・・・!」 子供たちの歌う声。 父親の袖を引っ張って声の方へ向かう。 そこには、十にも満たないような子供が五、六人集まっていた。 「あの子は・・・」 「・・・ほぉ」 一人、目立つわけでもないのに何故だか目に付いた女の子を指差す。 可愛いけれど、特別可愛いってわけではない。なのにどうしてあの子がいいと思ったのかは、自分でもわからない。 「光宏は幾つになったんだっけ?」 「十一」 「そうか・・・」 父親は何回か頷いて、俺の頭をぽんぽんと叩いた。 「光宏が初めて見つけたんだ、きっと良い子供だろう。お前があの子に声を掛けておいで」 「俺が?」 自分より年下の子供たちの所へ行くのは正直恥ずかしかったが、父親が行くよりはましだろう。 その女の子の近くによってちょっと驚いた。さっきあの位置で見るより、ずっと可愛い。 もしかしたら、この子は本物かもしれないと、自分で選べた事が嬉しい。 「ね、あのさ」 「・・・おにいさん、だれ?」 突如現れた見知らぬ客に、少女は警戒心を隠さない。 「あ、光宏って言うんだ。君のお母さんに用があってきたんだけど」 「みつひろ・・・お母さんに?」 「そう。君の名前は?」 「・・・」 。 心の中で反復する。 「じゃあちゃん、お母さんのいる所教えてくれないかな?」 子供の扱いは下手じゃなかったから、わりとすんなりその子の家へ行くことが出来た。 その先は父親の仕事。玄人なんだから、きっちりやってくるだろう。 三匁。 それが、という七歳の少女に付けられた値段だった。 『 かってうれしい はないちもんめ まけてくやしい はないちもんめ 』 を連れて行く道でも、子供たちの歌う声がする。 きっとあの子達は、歌の意味なんて全然知らずに、ひとり居なくなった訳も知らずに過ごして、大きくなってから気付くのだろう。 「かって」は「勝って」と「買って」を掛けたもの。 「まけて」は「負けて」、勝つの対義語と値段を負ける。 はないちもんめは花一匁。 一匁はこの村では大金でも、江戸へ行けばそんな大層なものじゃない。 吉原の贔屓にしてもらっている遊楼で、五十匁ほどでは引き取られた。 禿・・・かむろ。遊女見習いとして。 楼主が才を見込んで徹底的に教養を叩き込んだらしい。 見る度に成長していたは、十年経って雲居の妹。太夫の次位の格子女郎だ。 次の雲居太夫を継ぐのは、彼女だろうか。 三匁で買われた花は、六十匁積まないと手に出来ない高嶺の花。 それを見つけてしまった自分は、どうなんだろう。 遊女の道は幸せか、それとも。 勝って嬉しい 花一匁 負けて悔しい 花一匁 あの歌が耳から離れない。 Back Top Next ++あとがき++ はないちもんめが江戸時代の話だったか、ちょっと怪しいです・・・。 口減らしで売られる話だってのは間違いないんだけど。 女衒は「ぜげん」と読みます。必要悪みたいな職業だね。 2006/08/04 |