はにかんだ乙女が誘惑するもの 杏 「お花いかがですか?」 籠に詰め込んだ、色とりどりの花。 凄く立派なわけではないけれど、色は濃くて形は良い。 亡くなった母様が、丹精込めて育てた花。 「お花いかがですか?」 通りを往く人々に、一輪見せながら声をかける。 笑顔で通り過ぎる人が居る。 子供に一輪買っていく人が居る。 素通りしていく人が居る。 冷やかして去っていく人が居る。 花は、そう簡単には売れてくれない。 「花は・・・きゃっ」 何かにぶつかってよろけそうになったところを踏み止まる。 目の前には、背の高い男の人。 あからさまに不機嫌な顔が、不敵な笑みに変わった。 「花なんか売ってんだ」 「は、はい・・・」 視線が舐めつけるようで、気分が悪い。 「花なんか売ってんだったらさ、相手してくれるってことだよな」 「え?」 「そうだろ」 つかまれた腕が痛い。 「は、離して下さい、何、何言ってるんですか」 「だから相手してやるって言ってんだよ。そっちから誘ってきたんだろ」 「意味がわかりません!」 口論になって、こちらを見やる人の視線が痛い。 この人の言ってる事がわからない。 私が誘った? 「ちょっと、その手をお離しなさい」 凛とした声が響いた。 男の人も、動きを止めてそっちを見る。 女の私が見蕩れるほど綺麗な人と、やっぱり顔かたちの整った中性的な男の人のふたり。 女の人はもう一歩進み出て、男の人の方は呆れた顔でそれを見ている。 「聞こえなかった? 何だか知らないけど、そっちの大きい方。私はあなたに言ったの」 女の人はなおも強く言い放った。 気圧されながらも、腕をつかんでいる男の人の方がが食って掛かる。 「何だよ、こいつの方が誘ってんだぜ。だいたい、俺を、鳴海貴志を知らないなんてお前は誰だよ」 「・・・・・・翼さん、この方ご存知?」 「全然。も知らないんだろ。まあ、名字が有っても、僕が知らないんじゃ大した事ない奴なんだろうね、どうせ」 「それはちょっと違うと思うけど、そうなんでしょうね」 二人は声を潜めるそぶりも見せない。 いつの間にか、私の腕から鳴海という人の手は離れていた。 「うるせぇ! そこまで言うなら、お前が相手してくれるんだろうなぁ?」 「え、そんな!」 私を助けたばかりに、この男に絡まれる。そんなのって。 でも、当のさんは涼しげな顔をして微笑んでいた。 「あら、良いわよ。でも今日はお客様がいるから、また今度ね」 「、止めとけよ。こんな奴相手にするだけ時間の無駄だって」 翼さんの言葉の端々に侮蔑が入っていて、鳴海さんの怒りは治まらない。 「なら、お前が相手してくれてもいいんだぜ!」 「は、何言ってんの? 僕は男色の趣味はないから」 「な、お前男!?」 その言葉に、翼さんの表情が変わる。 さんが止めるまでもなく、鳴海さんのみぞおちに蹴りが入っていた。 「あらら・・・・やりすぎ」 「煩いなぁ・・・元はと言えば、がこんな揉め事に関ったからだろ」 「ごめんなさい、代わりに揚代なしで昼まで付き合うから」 「て、てめぇ・・・」 起き上がろうとする鳴海さんの耳元に、さんが囁く。 「椎名翼を怒らせるような真似をするからよ」 「なっ!?」 椎名翼。名前だけは聞いたことがある。 譜代の椎名の傍系で、武道の名家。つまりは武士の一族。 「それから、私を抱きたければ最低八十匁持ってくる事ね」 「っ、誰がお前なんか」 言い捨てて、鳴海さんは去っていった。 「さて、お名前は?」 「あ・・・みゆきです」 さんが私に問いかける。 「そう、みゆきちゃん。悪い事言わないから、ここで花を売るのは止めなさい。花売りは春を売るのに通じるから。代わりにその花、全部私が買うわ」 「い、いえ、大丈夫です!」 そこまでしてもらうなんて、申し訳なさすぎる。 「でも、売らないと駄目なんでしょう? 働き口は?」 「いえ・・・」 「そうね・・・」 少し考えて、さんは微笑んだ。 「じゃあ、折角翼が居ることだし、玲さんの店に置きましょうか。針子かなんかで」 「何、それは玲に僕が紹介しろってこと?」 「ま、待って下さい、そんなにご迷惑は・・・」 「大丈夫よ、翼なら」 もしそうなら、そんなにありがたい話もないのだけれど。 「あ、じゃあ・・・よろしくお願いします」 頭を上げると、さんの笑顔と、翼さんの呆れ顔が並んでいた。 Back Top Next ++あとがき++ 一応メインはみゆきです。翼さんはオプション。鳴海はそのまた更におまけ。 八十匁って高額だよなぁ・・・。一月の給料くらいだもの。 吉原太夫を一晩買うとそのくらいのお金が簡単に消えます。 2006/08/07 |