生まれては苦界 死しては浄閑寺 墨 鳥が鳴いている。 あれは、カラスの声。 なんて不愉快なんだろう。 あの鳥の群れの下には。 きっとあの子が眠っているのに。 「、何ぼおっとしてるの。次打ってよ」 「ん、ごめん」 時間が空いたので、碁を打っていた。 繰り返される白と黒の石、広がる陣地。 パチリぱちりと音が響く。 ああ、あの子も碁が好きだったな。とても弱かったけど。 考えてしまう。 「死んだ子のこと考えてた?」 「まあ、ね」 つい先日、新造の娘が亡くなった。 まだ十四だったか十五だったか。 私たちと歳が近かったせいで、昔はそれなりに仲良くやっていた。 「まだ十五だったのに」 有希が呟く。 同じ年頃の娘だったけど、店での扱いは次第に離れていった。 彼女は、そこまで器量が良くなかったのだ。 もちろん、吉原の外の町娘よりは美人だっただろう。 けれど、この店にはもうと有希がいる。 この二人に比べてしまえば、はるかに見劣りするのだ。 十を過ぎた頃から、決定的に違いが出来た。 と有希が引き込みとなったこと。 客の前には出ず、徹底的に英才教育を施される。 将来の格子に、太夫にと期待されている証。 そうやって分れてから、どれくらい経っただろう。 「私たちはもう格子になるけれど、あの子は振袖になったばかりだったね」 死んだ子のことをぽつりぽつりと思い出しながら、ぼんやりと話す。 意味のない行為。 「有希、どこに行ったか知ってる?」 「『生きては苦界、死しては浄閑寺』、三ノ輪しかないんじゃない」 「そっか・・・」 確かに、引き取ると言う人は来なかった。 だから店の若い衆が、むしろに亡骸をくるんで、それから・・・・。 「投げ込み寺・・・」 吉原から西に離れた三ノ輪の浄閑寺。 大きく掘られた穴の中に投げ込まれる亡骸。 付いたあだ名は「投げ込み寺」。 そこにはなお白骨が散乱し、それでも投げ込まれる遊女は後を絶たないと言う。 「やっと十五だったのに」 「これからが奉公の始まりだからね」 禿の状態ではお客を取れないから、新造になってようやく年季が数えられる。 十年という長い年の始まりだったのに。 供養に行きたくても、遊郭から出ることは許されない。 「カラスが多いね」 「また一人増えたんじゃない?」 そういえば慰霊塔を建てるって聞いたのよ。 有希がどこから聞いてきたのか、教えてくれた。 いつになったら浮ばれるだろう。 Back Top Next ++あとがき++ 「生きては苦界、死しては浄閑寺」 吉原の遊女たちの生き様。 死んで引き取り手のない遊女の遺体は、浄閑寺の敷地内に掘ってある穴に放り込まれたそうです。 そこで浄閑寺に付いた二つ名は「投げ込み寺」。 その話。 2006/08/09 |