――貴女を夜会に招待いたします。

渡された招待状と言葉。
どれも衝撃だけが大き過ぎて、渡した方も苦笑いをした。





の 方





白い封筒。鹿鳴館の印。
珍しく機嫌のいい父親に、はこっそりと溜息をついた。

どこから噂が漏れたのか。きっと、この父親だ。
「英語がわかる華族の娘」を求めているという話を聞いて、を挙げたのだ。

渋沢と話していても、まだ時々つかえる。
父親は、多分私が英語を話せなくなっていることを知らない。


「竹巳・・・行かなきゃ駄目かしら?」
「駄目って言うか・・・」

助けを求めるように、は竹巳に視線を向けた。
竹巳は喜ぶの父親を尻目に、言葉を濁す。

鹿鳴館は人が足りない。特に女性、それも若い娘が。これでが断ったりしたら、の家の面目が立たなくなるだろう。
縁のある竹巳の家にも繋がる。
大臣様方の期待もある。

選択肢は、ない。


「英語、ちゃんと話せない」
「うん」
「洋服も、随分着ていない」
「うん」
「上手く踊ることも出来ない」
「うん」

「・・・・それでも」

行かなくてはいけないのだと。
それ以外に選べないのだと。


「・・・竹巳は?」
「行くよ、もちろん。は俺の同伴ってことになる」
「そう。・・・よかった」

それでもどれだけのものが求められるのだろうか。
ただ黙って壁際に立って微笑んでいるだけでは、駄目なのに。

よかったと口では言っていても、の顔に不安が表れる。
竹巳はそれを見て、そっとの肩を抱いた。

「大丈夫だよ、なら」

それは本心からの言葉。
彼女なら、鹿鳴館に出しても決して恥ずかしくはない。

どちらかと言えば高い背。
抜けるように白い肌。
顔かたちは整っていて、体つきは細い。
どこに行っても自慢できるような美貌。

祖父の佳実の影響で、家はよく洋装もしていた。
家庭教師が、勉強の他に西欧の行儀作法も教えていた。
たしなみのひとつなのだと、その家庭教師は洋琴やら提琴やらも教えていたと思う。
つまり、は西欧の良家の子女がやるもの全て、一通り出来るはずなのだ。

しかし、佳実が死んでからそれら全て、の家からは消えてしまった。
だからはもうしばらくそういうものに触れてなく、急にやることになって不安なのはよくわかる。


「でも、やっぱり・・・」

がうつむいて目を伏せる。
無理だ、と震える体が言外に告げている。

「何も出来なくなってしまったのに」
「本当になら大丈夫。それに、英語は大分戻ってきたんだろ? 俺も手伝うから」
「それは・・・っ。でも竹巳、忙しくて」
「平気。だからは心配しすぎないで」

肩を抱く手に、力が入る。
の表情が、少しだけ緩んだ。

「竹巳に恥かかせないようにしなくてはね」
「呼ばれたのはだよ」
「竹巳も呼ばれてるでしょう?」

知ってるの、とは小さく微笑む。
ずっと呼ばれていたのに、ほとんど出ていなかったのは事実だ。
鹿鳴館はあまりにも煌びやかすぎて、馴染めず居心地が悪かった。それでも父親の代理だとかで、結局何回かは行く羽目になっている。

はそのことを知っている。


「・・・竹巳、ありがとう」

の頭が、竹巳の体に触れた。




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2006/10/20