オレンジ色の灯が揺れる。
人力車と馬車とが入り混じって並ぶ。
どの人間も微笑みあってホールに進む。

鹿鳴館は眠らない。





の 方





談笑の声が、あちらこちらで聞こえる。
軽く響くワイングラス、豪華なドレスの衣擦れの音。
優雅な音楽が流れ、中央のホールでは鮮やかにワルツを舞う。

その中で、少女は一際注目を浴びた。

ワインレッドのビロードが、ホールの絨毯に溶け込む。
仄かな橙の灯の下で、幻想的に裾が揺れる。

背中まで流れる髪は烏の羽根よりも黒く、ターンの度にドレスと共に控えめになびく。
灯を反射して煌めくダイヤモンドが、華やかさを添える。

口元は優雅に微笑を浮かべ、足元は軽やかにステップを踏む。
人形のように美しい少女。
ホールの人々は息をのんだ。

いつの間にかの周りには人が集まり、を囲む。
国の要人までもがに話しかけ、は終始笑いながらにこやかに応対する。
そんなを、竹巳は複雑そうに遠目で見ていた。


笑って、踊って、話して、また踊る。

長くひくドレスの裾を踏みそうになっても。
きつく締められたコルセットで呼吸すら苦しくても。
履き慣れない硬い靴で、足が悲鳴をあげていても。

愛想を振り撒いて、は微笑み続けた。


――鹿鳴館に咲く華だ。
――日本女性の鏡だ。

ひそひそと交わされる、賛辞ともつかない賛辞。

あれは、本当のじゃないのに。
こっそりと耳をそばだてて、竹巳は思う。
あんな虚構に満ちてない、本当のはもっと。





「タークー」
「誠二?」
「あれちゃん?」

誠二の声で、竹巳は沈みそうな意識を浮上させた。
視線だけを向けて、誠二はフロアのを指す。

「そうだけど」
「へー、やっぱり。ああやってると別人みたいだ」

誠二が楽しそうな声を上げる。その反応に、竹巳は眉をしかめた。

「そんなに面白い?」
「いやだってちゃんとやってるからさ」
「ちゃんと?」

周りを見てみなよ、と言う誠二にしたがって、辺りを見回す。
フロアで踊るのは、大半が外国人。壁に張り付いてそれを見ているのは、日本人の女性たち。
何もせずベランダで休んでいるのもそうだ。
踊っている日本人の女の人は、の他には。

「此処へ来ても殆どの女の人は何も出来なくて見てるだけ。意味ないんだよね。外国人相手に話したり踊ったりしてるのは芸者さんだし。何しに来たんだろう」
「慣れてないんだろ」
「でもさぁ、慣れてないって言ったらちゃんだって」

子供みたいに誠二がふくれる。燕尾服とまるで合わない。
何もしようとしないのが、努力しないのが許せないのかもしれない。


「ところで、何で誠二がいるんだよ」
「ひでーよ俺んちだって」
「はいはいわかってる」

東京に構える、藤代子爵の分家。
爵位こそ無いものの家柄は悪くないし、華族でない分だけ自由に動けるから竹巳の家より金回りもいい。
呼ばれるのは当たり前かもしれない。


「そういえばさ、タク、気をつけた方が良いよ」

柄にもなく誠二が声を潜めた。

「さっきマルサス社の社長だって言う人が、『あの女は誰だ』ってちゃん指して聞いてきて」
「マルサス社って・・・あの貿易の? 社長は日本人だって噂の」
「うん。日本人だった。それで答えたんだけど」

目つきが悪いと言うかいやらしいと言うか。
そういうと、誠二の肩がぐいと誰かに掴まれた。

「誰が目つき悪いって? 藤代も随分偉くなったもんだな」
「ひぃ!」

背後から低い声が降りかかる。
恐る恐る誠二が後ろを振り向いた。

「うわ、さっきのマルサス・・・さん」
「え」

竹巳も振り向く。
漆黒の髪、意志の強い黒い瞳の日本人。

「な、何で先輩がここに・・・」
「タク知ってんの!?」

知ってるも何も。

「誠二・・・憶えてないの?」

だって、この人は。
七年も前にあめりかに渡って。
それまではあのエドワーズの所の・・・

「んー? ああぁ! み、三上先輩!?」
「気付くのおせーよ」

三上が変わらない笑みを浮かべて、背後に立っていた。



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2006/11/03