見つけた。
欲しかったものを。
ここでようやく。

理由も手段も考えられない。





の 方





優雅に流れるワルツ。
傾けたグラスに注がれた、琥珀色のシャンパン。
黒い燕尾、白いタイ。
そんなものが似合う人。
身のこなしは流麗で、異国人よりも自然だった。

三人いれば目立つもので、特に三上はそうだった。
日本人でいて異国人の扱いも女の人の扱いも慣れていた。

人はそんな人たちを放っておいてはくれない。
何か少しでも縁を持とうと話しかけてきて、休憩室に三人は逃げ込んだ。


「ってゆーかこれ本当に三上先輩!? 本物!?」
「・・・藤代。お前殺されてーか」
「うわ嘘っす本物です!」

三上が誠二の襟元を掴んで詰め寄る。
誠二は慌てて前言を否定して、何とか三上は手を話す。

「でも、そんなすぐわかるわけないじゃないすか! 三上先輩が留学したのは随分前っすよ!」
「ああ? 俺は気付いたし笠井も気付いた、わからなかったのはお前だけだろ」
「誠二、諦めなよ。それに三上先輩一回帰ってきてたよ。四年位前に」
「四年も経ったら顔変わってるよ絶対!」

誠二が三上を指差しながら、竹巳に視線で助けを求める。
けれども、それで何か変わることはない。
随分長い間会ってなかったはずなのに、関係は昔のままだ。


「そういえば三上先輩は何故ここに? それにマルサスって何ですか」
「お前マルサス商会知らねぇの?」
「いえ、知ってますけど」

竹巳だって勉強はしているし様々な事を聞いてもいる。マルサス社の話題が出るようになったのは、比較的最近のことだ。
日本にも進出してきた、巨大な貿易会社。元はたいして大きくもない会社だったが、それを僅か五年で急成長させたのが今の社長だと。
名義は英語名だが、その社長は日本人ではないかと言う噂は最初からあった。まだ若いのだと言う噂もあった。
それが。

「よく知ってるじゃねーか。それは殆ど合ってるぜ。マルサス商会の今の社長は俺だし、名義のアルバート・マルサスも俺」
「なんでマルサス商会の。それにその名前は」
「あっちで教育受ける代わりに、養子代わりになったんだよ」

吐き捨てるように三上は言う。
えー、でも、と藤代が聞く。

「名前は変えなくても良いんじゃないすか?」
「日本名は向こうで不利なんだよ」

日本人だと言うだけで馬鹿にされて商談にもならないから、書類上では英語名のまま使っていたのだと。
ただ、アメリカでは今や三上の名前も有名で、その必要はなくなった。

「まあ会社も軌道に乗ったし、日本に事務所も持てたし、その内会社名くらいは変えるけどな」
「・・・でもそういえば三上先輩の名前って、向こうでは女の人の名前に取られますね・・・」
「てめぇ・・・関係ねーだろ」
「結構関係あると思いますよ?」

三上が一睨みするが、それをものともせずに竹巳は言い返す。
その中で、コン、とノックの音がした。

「竹巳? いる?」

ドアを細めに開けての顔が覗き、その表情がすぐに強張る。
入って良いと言ってもどこか躊躇して、三上と藤代の顔を見比べた。
その仕草で、の考えを竹巳は察する。

「・・・三上先輩と誠二は出ませんか?」
「え、何で!?」

誠二が不満そうに尋ねる。
聞いたが「お構いなく」と慌てたように答えて、ドアを閉めた。

「ふーん。男女七歳にしてってのはまだ残ってんのか」
「一応無くなった事にはなってますが、習慣としては残ってますよ。いや残ってるとかじゃなくて普通男三人の中には入りたくないでしょう」
「さっきは体くっつけて踊ってたぜ」

三上は立ち上がって藤代を引きずるように連れると、ドアの方へ向かう。
が場所を空けようと一歩下がった。
三上はそのまま進みドアに手を掛けて部屋を出るかに思えたが、藤代だけを追い出してドアを閉める。
外側からのドアを叩く音を無視して、三上がの腕を掴んだ。

「お前が・・・か」
「そうですけど・・・」
「ふーん」

舐めるような視線が薄気味悪い。
掴まれた手を離そうと腕に力を入れるが、それくらいでは三上の手はびくともしない。
竹巳が駆け寄って三上をから引き離した。
目は、完全に不審者に向けられるそれだ。

「・・・先輩、に何する気ですか」
「先輩に向かって大層な口の利き方だな、笠井」

三上が一歩近付くと、が僅かに下がる。距離はすぐ縮まって、三上はの顔元に手を伸ばした。
身長差で上を向かされたの視線と、三上の視線が交差する。

「・・・離しなさい」
「さあな」

くつくつと三上が笑う。
竹巳が声を出すより先に、の手が三上の手を叩く音が響いた。

「・・・何の・・・・用ですか」
「へえ」

一瞬呆けたような顔をして、叩かれた手を摩りながら三上はいつも通りの笑みを浮かべた。叩かれた部分は、音は大きかったがそれほど痛くはない。

「気に入った。俺はお前をもらう」

三上がはっきりと宣言して、も竹巳も言葉を失った。



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2006/11/03