本当に話は来た。 もうどう転ぶかはわからない。 わかることはひとつだけ。 そこに私は関係ないのだ、と。 暁 の 方 突然の申し出に、佳一はさすがに驚いた表情をした。 目を見開いた状態で、顔が硬直してしまっている。 しばしの時間が過ぎて、ようやく我に返った佳一が口を開いた。 「何故・・・を?」 「先日鹿鳴館でお会いしまして」 普段とはまるで違う慇懃な態度で、三上は答える。 嫌味な笑みも消え、表情も真面目だ。 佳一はそんな久し振りに見た青年に嘆息しながら言う。 「本当に・・・急な話だな」 「はい。ですから、もちろん今すぐに返事を頂こうとは思ってませんよ」 「だが・・・」 佳一は困ったように竹巳を見る。 「にはすでに決まった相手がいるんだ」 「それももちろん、存じ上げています。しかし」 佳一に合わせて、三上も竹巳を見た。 挑発するように口元に浮かべた笑み。それに負けじと竹巳は三上を睨み返す。 「・・・いえ、後でお話します。ただ、笠井伯爵には話を通してあるので、ご心配には及びません」 「なにを・・・っ!?」 竹巳が一歩踏み出そうとしたのを、が制す。 その場に留まって、竹巳は一層三上に対しての目つきを鋭くした。 険悪な空気が、静かに満ちていく。 三上はくるりと顔の向きを戻す。 佳一が、疲れたような顔で三上に言った。 「わかった。考えておく。もう下がっても良いか?」 「すみません、ありがとうございます。ああ、お下がりになる前に、よろしいですか」 「何だ?」 三上は懐から白い布で包まれた四角いものを取り出した。 包みの向きを確認して、丁寧にそれを佳一に手渡す。 「・・・これは?」 「ここで彼女にお会いしたのも、何かのご縁ということで」 受け取った佳一は包みをゆっくりと開こうとして、途中で手を止めて布を戻す。 ちらりと見えた白い紙。何回も見たことがある。 結ばれた赤い紐。これも同様に。 そして、重さ。厚み。どれもこれも、珍しくなかった。 中に入っているものを察して、佳一は包みを開くのを止めた。 予想が正しければ、中身はかなり多い。 「・・・わかった。受け取っておこう」 「ありがとうございます」 三上がお辞儀したのを見て、佳一は廊下に出て行った。 相当酔っていたはずなのに顔色は元に戻り、それ以上に心なしか白くなっている。 色々なことが重なって疲れたのか、足取りは重かった。 呆然とは父親の後姿を目で追う。 竹巳も、同じように見ているしかなかった。 佳一の姿が完全に応接間から見えなくなった後、三上は顔を上げる。 そして険のある目つきで、渋沢を見た。 それから黙ってつかつかとそちらに近付き、彼の目の前で顔を睨みつける。 「・・・お前、誰だ」 恐ろしく声が低かった。 ただの問いというにはあまりにも強い。 声こそ大きくはなかったが、有無を言わせぬ口調だった。 不思議そうに見下ろす渋沢に、いらいらしたように三上がもう一度言う。 「誰なんだ、お前は。佳明の何だ」 「やめて!」 詰め寄った三上に、が叫んだ。 Back Top Next 2006/11/26 |