どうして。
どうしてそんなことを言うの。
何故その名前を出すの。
忘れろと何度も言われていたのに。

忘れた方が良いと思えてきたのに。





の 方





の声で三上が振り向く。
竹巳が諦めたような表情を作る。


「やめてやめて! その方は関係ない」
「何と関係ないんだ。お前か? 俺か? 佳明か?」

三上が強い口調のままに問い返す。

「違う。違うわ。だからやめて」
「じゃあこいつは何だって言うんだよ」

三上が渋沢を指差した。
渋沢の方は怒るわけでもなく、黙ってそれを見ている。

「髪は赤い。目も茶色。身分も高そうじゃない。かと言って見たところ使用人でもない。おまけに佳明と似てると来た。何でそんな奴がここにいるんだよ!」
「彼は・・・」

が言いかけて口をつぐむ。

何と言えばいいのだろう。
彼は、かれは。
彼は、私と。

考えれば考えるほどわからなくなっていく。

当然だ。
本当は、何の関係もない。
たまたま会って、そして兄と間違えて、彼が父を尋ねてきたのにかこつけて引き止めて。ずるずるとそのまま引きずって。
そんなの、答えとして許されるわけがない。

彼は、本当に誰とも関係ない。

じゃあ、私は。
私は何故この人を。
この家に繋ぎとめようと必死なのだろう。


「・・・彼は」

言葉が続かない。
ただうつむいて、唇を噛むことしか出来ない。

三上はそんなの様子を見て、ふっと笑みを漏らした。
確かにわかるのはそれが嘲笑とか哀れみとか、好い意味ではないことだけ。


「まあそうやって意地張ってても、こいつとお前とは身分が違う。どうにもならないことを覚えておくんだな」
「・・・貴方とだって違う」
「ご挨拶だな。俺がただの成金だとでも思ってるのかよ」

違うと言う事は知っている。
彼はただ外国との景気に任せて財を成したわけじゃない。

違うのは何。
没落した元子爵の家の子弟と、没落しそうな伯爵の娘と。
身分なんか意地を張るほど違わない。

何を、そんなに。


「どう思っても良いけどな。で、こいつは」
「知らないわ」
「は?」

知らないの、とは繰り返す。
これは多分嘘にはならない。


「・・・後で調べるとするか」
「何を・・・」
「佳明と・・・そこの人の名前は?」

さも当たり前のように三上が答えた。
それにが、そしてのみならず竹巳も目を丸くする。
の兄・・・佳明のことは、もうタブーにも等しかったから。

「May I have your name?」
「渋沢・・・克朗だ」
「何だ日本人かよ。合いの子か?」

三上が面倒臭そうに呟く。

「合いの子?」
「片親が外国人、片親が日本人」
「待って、彼と兄さまのことを調べてどうするの・・・!?」

が焦ったように言う。
それもまた三上が答えた。
口元は相変わらず挑発的に笑みを浮かべている。

「決まってんだろ。後で使う」
「何に」
「邪魔が入った時」

何かを手に入れるのに手段を選んだりはしない。
それだけがやたらと伝わってくる。

「という訳で、ご機嫌宜しゅう。いい返事、期待してるぜ」
「誰が・・・!」
「先輩、ちょっと待って下さい」

押さえてはいるがともすると物を投げつけそうなに代わり、黙っていた竹巳が口を挟む。

「何だよ」
「先輩は、俺の家に何て言ったんですか」


「さあな。戻ればわかるんじゃねーの?」


最後まで人を馬鹿にしたような笑みは崩さない。




Back Top Next

2006/12/06