もし、逢えるのならば。
もし、もう一度逢えるのならば。
もし、決して逢えないのならば。

せめて、夢の中でだけでも。





の 方





真っ白だった。
何もかも真っ白だった。
一面が白で覆われていた。
伸ばした手の先さえ霞んで見えなくなりそうな白さだった。

あまりに眩しくて、目を閉じる。
けれども、閉じたまぶたの間からもその白は入り込んでくる。
視界はただひたすらに白一色で塗り潰される。

何も無い白い世界。
純粋すぎるほどの混じりけのない白い世界。
雪よりも雲よりも、真珠よりもなお美しくなお明るい。
それはあまりにも強い光のせいなのだと、何故か気付いていた。

強すぎる光は闇をも侵蝕し、相反する影までも喰らう。
色は何一つ無い。ただ、白い濃厚な闇が辺りを包んでいる。
なんともいえない恐怖感が襲い、周囲を見回した。

見れども見れども、広がるのは白い虚無の空間ばかり。
それに比例するように不安は募る。





何度見渡した頃だろうか。右側に黒い点が見えた。
自分以外の、初めての白で無い色。
それは少しずつ近付いてきて、人の形だとすぐに知れた。

「・・・兄様?」

直感が告げている。
ずっと待ち望んでいた人が、何故だかわからないけれどここにいる。

「兄様、兄様・・・! 何処にいらしてたの? いえ、ここは・・・?」

目の前で立ち止まった人物は紛れもない兄と同じ顔をしていて、記憶の中の彼と同じように困ったような顔をして微笑んだ。
すっと手が伸ばされ、頬に触れられた指が温かい。
その手はすぐに引っ込められ、彼はくるりと背を向けた。

「兄様、待って・・・」

伸ばした手が空を掴む。
安堵感と疲れで座り込んでしまい、振り返った彼が、もう一度寄って来てそっと抱きしめた。
腕の中が温かくて、何故かそれだけで涙が出る。
不安そうに彼の顔を見つめると、変わらない表情で微笑み返す。

「ねえ兄様・・・」

彼の袖を掴む。
また消えてしまう気がしてならなくて、それがどうしようもなく怖い。

「またいなくなってしまうの・・・? 今度は何処へ行ってしまわれるの・・・?」

答えられない問いかけに、彼は笑みを浮かべたままだった。
その笑みに、袖を掴む手に力を入れる。

「ねえ、もう行ってしまわないで。兄様、お願いだから・・・」

また涙が溢れてきて、声が僅かに震える。
抱き寄せられた腕にも力が入って、彼の胸に顔をうずめた。

「お兄様・・・」

体が離されそうになって、腕に力をこめる。
伝わってくる体温も抱えられた腕の強さも、どこか懐かしくて記憶の中の兄と似通っていて、けれどもどこか記憶と違う。
困ったように笑う顔が、また視界に入ってくる。

「行ってしまうなら私も・・・。私も連れて行って・・・」

もうあの世界は嫌だ。
だから、だから。
兄様と一緒にどこかへ消えてしまいたい。

しかしその願いも虚しく、彼は静かに首を振った。
髪を撫でる手が酷く優しくて、それが一層哀しさを募らせる。

「兄さ・・・」

開きかけた唇に、彼の唇が重なった。
驚いたのも束の間、その次の瞬間には強い力で突き飛ばされて、


――真っ白な世界は真っ黒に暗転した。




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2007/01/09