教会のベルが澄んだ空に響く。
抜けるような蒼穹がどこまでも続いている。
純白のレース、緑の木洩れ日。
これで幸せじゃないなんて嘘みたい。





の 方





参列客は顔をほころばせた。

さらさらと揺れる白い薄布で作られたヴェールは、繊細に模様が編みこまれたフランス製のレース。
風が流れるたびに、ふわふわと軽やかに踊っている。
ウエストの締まったドレスは裾にかけて大きく広がり、そこにも贅沢にレースがあしらわれている。
胸元と髪を飾るのは純白の真珠。
全てがそう簡単に手に入るものではなく、しかも特注の品であることは誰の目にも明らかだった。

立派だったのは何も身に着けているものだけではない。

の容姿を、一つ一つの仕草を、参列客はこぞって褒めた。
三上の手馴れた動作を、身のこなしを、しきりに感心した。
幸せそうに笑う若い二人を、人は口々に羨み、祝辞を述べた。


いくら沢山の褒め言葉を貰っても、沢山の祝福を受けても、沢山の人が参列しても。
豪華な衣装も、身分の高い参列者も。

――何ひとつだって嬉しくない。

私の欲しいものはこんなものじゃない。








「頼むからもっと笑えよ」

玄関から入るなり浴びせられた三上の言葉に、は眉を寄せる。
作り笑いと慣れないドレス、知らない人たち、豪奢な式。
家に入れば、疲れだけがどっと出てくる。

「・・・笑ったわ。少なくとも式の間は完璧だったはずよ」
「外面は良かったぜ。でもな」
「なら、もういいでしょう? これ以上は・・・契約外だわ」
「契約ね・・・」

世間に自慢できる妻が欲しいと、彼は言った。
それは本心であるが、最重要のことではない。
確かに言ったし、その為に大量の金を積んだ。半ば無理矢理婚約を破談にさせ、強引にここまでこぎつけた。
契約というなら、確かに――確かに、これ以上は望めない。

「・・・まあ、いいさ。それからな」

白い絹の布で包まれた、四角く細長いものを三上は取り出した。
布と同色の白い飾り紐で中央を結んであり、紐の先にはふさが付いている。
金糸で織り込まれた菊花の模様。白い糸で織り込まれた青海波。

目の前に突き出されて、は顔色を変えた。

「何故・・・。何故、あなたがそれを持っているの!?」
「何故でしょうねー」
「返しなさい」

が手を伸ばすと、三上が持った手を上へ上げる。
身長の差と腕の長さの差とが相まって、には全く届かない。

「返しなさい、それは・・・」
「やだね。懐剣なんか必要ないんだぜ、西欧の式では。何でおまえはこんなもん持って来たんだよ」
「・・・あなたに言うことではないわ」

睨みつけるを尻目に、三上は結ばれた紐を解いた。
白い袋から漆黒の中身が見える。
黒い漆で塗られたそれは美しい艶と光沢を出して、金粉で描かれた剣酢漿草が引き立っている。

「ふーん、剣酢漿草ね・・・。の紋じゃないな」
「母様の形見よ・・・。だから、早く返しなさい」
「お前の母親は武家の出身か・・・。道理で」

大人しそうに見えて気が強いわけだと、三上はひとりごちた。
楽しそうに笑う三上に、は不信感をあらわにする。

「何か?」
「別に」

すっとその黒塗りの鞘を抜くと、銀色の刀身が現れる。
素晴らしい色と形に三上は嘆息した。
意匠はいたって質素なもので、しかし少しの崩れもない完璧な形。柄も鞘も黒漆ひとつだが、かなり高価な実用品と言った所か。
使った形跡は見られない。

見事としか言いようのない懐剣は、武家の女が常に携えた護身用の刀だ。

「本気で嫁いでくれると、そういうわけですか?」
「まさか」

の荷物から出てきたその懐剣は、明らかに嫁入り道具としては逸脱していた。
打ち掛けに差すなら相応の意味は出せるが、荷物の底にひっそり入れられていたのでは、それを疑わなくてはならない。

三上は懐剣を鞘に納めた。
ハンカチで触った部分を拭くと、元通り白い錦の袋に入れて紐を締める。

「・・・これは返せねーな」
「何ですって?」

の目が見開かれる。
面白そうにそれを見た後口元から笑みをなくして、三上は告げた。

「当然だろ? おまえは俺を嫌っている。だからこれで俺は殺されたくない。それから・・・」

目を細めて、再び笑みを浮かべる。

「せっかく来て頂いたんだ、これでおまえに死なれては困る。よってこれは没収」
「どうしてよ、それは、」
「生憎だな。当然おまえが死んだら家への援助は打ち切る。笠井との破談も全て無駄に終わるんだな。・・・勝手には死なせない」

その言葉に愕然とした。



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2007/01/24