許されるとは思っていなかった。
でも、そこまで。
そこまで拒絶されるとも思っていなかった。





の 方





買い物には興味がない。
綺麗なレース、美しい宝石、豪華なドレス。
嫌いだと言えば嘘になるけれど、だからと言ってそれを求めて出掛けるのが煩わしかった。

お金ならたくさんある。
欲しいものは何でも買える。
何かにつけて亮が全てを買ってくれる。

その巨大な資金でもって、何故愛は買えないのだろう。
与えられるものがちっとも嬉しくないなんて。



「ああ、もう」

はふかふかのベッドに座り込んで考えを打ち消した。
三上がしつらえただけあって、ベッドもシーツも布団も、全てが柔らかく肌触りがよい。
部屋にある調度は全て欧州から取り寄せた高級品。
伯爵崩れの家とは比べ物にならない金回りの良さだ。

ペルシャ織の毛足が長い絨毯も。
凝った彫刻が施されたカラメル色のチェストも。
絹のレースの真っ白なカーテンも。
ビロードの室内着も。

全て私の為だと知っているのに。


「・・・外に出ようかしら」

気晴らしがしたい。
陰鬱になってしまうこの家から、少しでも良いから抜け出したい。

幸い、空は真っ青だ。


はそそくさと室内ドレスから着物に着替えた。
淡い藤色の地に、芥子色の帯。髪もきちんと結い上げる。
扉の前に置いていた机と椅子をどうにかしてどかすと、は静かに扉を閉めた。




外は晴れやかで気分が良い。
爽やかに吹く風も、道を往く人の明るい声も、沈んでいた気持ちを軽やかにする。

どこに行こうかと考えて、は足の向きを変えた。

まだ、彼にお礼を言っていない。
最低限の礼儀として、それはしなければならないのではないだろうか。
向かえば亮がうるさいけれど、そんなもの仕方ない。

居留地へ。
手土産にお菓子でも買って。
行きがけにあったような気がするから、そこで良い。

は大通りを海に向かって歩き始めた。





「お方様、そっちは居留地です!」

――来た。

は肩をすくめる。
護衛が肩を掴んでを引き止めている。
ゆっくりと振り向いて、護衛の男を見返した。
基本的に護衛は何人も居るが、大抵ついてくるのは二人。外へ出るときは体力の問題なのか、若い男がついてくる。
しかし振り返ってみれば、今日の護衛は彼一人だ。

「・・・居留地へ向かうんだもの。合ってるわ」
「居留地なんて・・・! あそこは危険です!」
「何が危険なのかしら? 亮だって行ってるでしょう」
「子爵は良いんですよ、でもお方様は」
「危険ならその為の護衛でしょう?」

結局護衛とは名ばかりの監視役。
行動を見張るのが主な仕事なのだ。

黙ってしまった護衛を尻目に、は予定通り居留地へ歩き出す。
離れてしまったのを焦ったように彼はついてきた。

「しかしそちらの方は・・・。それに羊羹なんか買って」
「お礼に行くのに手ぶらもないでしょう」
「本当に行くんですか、駄目ですよ」

うるさいと言わんばかりにが足を速めると、彼もまた急ぎ足でついてくる。
ここまでしつこい監視役は初めてだ。

「あなた、亮に何を言われているの?」
「いえ、言われてるようなことは・・・」
「・・・それなら黙ってついてきなさい。そんなに亮は私の行動が気に入らないの・・・?」

言われて、一応彼は黙った。
が居留地で向かっているのは渋沢という人のところなのだと、それは彼も知っている。
行くのを彼が止めるのは、ひとえに彼の主・・・つまり三上亮が彼女が渋沢のところへ行くのを良く思わないからだ。
良く思わないというより、禁止させようとしている、とも言える。

むしろ、外出自体を避けさせたいのかもしれない。

開国の最先端に立ち、政府の人間とも関りのある三上には敵が多い。
居留地など人が入り乱れ、余計に危険だと、そう思えるのだ。

「子爵はお方様のことが心配なんですよ」

言われて、の歩が少し弱まる。
風が吹いて前髪が揺れた。合わせて着物の袖と裾も揺れる。

「そうね・・・大金出して買ったんですもの」

が前を向いたままぽつりと呟いたのが聞こえた。




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2007/02/09