言い過ぎたと思った。
後悔もしている。
けれども、時間は戻らない。
飛び出た言葉も戻らない。
だったら、その言葉に囚われてしまえばいい。





の 方





「あー、やべ・・・」

さすがに、今回はこたえた。
最後には何も言われなかったが、それがかえって気分悪い。

傷付けてしまった、それだけで澄む問題ではなかった。
けれどもつい言い過ぎてしまう口調は生来のものだからどうしようもない。
どうしてあんな言い方をしてしまったのか自分でも嫌になる。
しかも、それは全く意図していなかったわけではないのだから。

が消えた暗い階段を見上げて、三上は階段に背を向けた。
こういう時は飲みなおすに限る。それで酔ってしまえるかどうかは別問題として。



リン


「誰だよ・・・」

玄関に背を向けた丁度その時、背後から呼び鈴の音がした。


夏とはいえ、時刻は夜、21時を過ぎている。
日はとうに傾いて、外のガス灯も明るく燃えている時間だ。
こんな時間に来るなんて、非常識きわまりない。



リン


もう一度、鈴は鳴った。
もっとがちゃがちゃ鳴らしてくれれば誰かが飛んでくるのだろうが、あいにくそこまでうるさい音はさせていない。
これが、この来客のせめてもの気配りなのだろうか。

一応辺りを見回してみたが、使用人は見当たらなかった。
さっきあのような別れ方をしたのだから、当然も下りてくるわけがない。

むしろ、この呼び鈴の音は控えめすぎてもしかしたら二階の彼女の部屋へ届いていないのかもしれなかった。


出るのは正直面倒臭い。
今、他人の相手をする気にならないのだ。
しかもこれで相手が悪かったら、ずるずると時間だけが経って疲れるだけになる。
使用人が出れば、面倒な相手だった時に適当にあしらって帰せるのだが、本人が出るということはそれは出来ない。


リン


三度目。
音が控えめな割には、間隔を置いての三度目。思った以上に相手はしつこかった。
こうやって訪問してくる相手に、三上は心当たりがない。

仕事の人間ならまずこんな時間に来ないし、うるさいくらいにしつこいはず。
女だとか友人だとか、ここまでされるような仲の人間じゃない。
親戚は論外だった。未だこうやって尋ねてくるような縁の人間は、三上にはいない。
の親類もまた、直接彼女を訪ねてくることはないだろう。

「・・・ったく、誰だよ・・・・。少しは考えろ」

居留守を使うのは無理だと諦めて、三上は玄関へ進んだ。
相手によってはどうやって断ろうかと、そんなことを考えながら。

「はいはい、今出ますよ、っと・・・・は?」
「お久し振りです、先輩」

湿気を大量に含んだ、肌に纏わりつくような生温かい空気。
むせ返るほどの月下美人の香りと、生い茂る緑の匂い。
うるさいくらいに鳴いているキリギリスと、セミと。

完全な夏の外。


外に立っていたのは、三上よりもいくらか背の低い人物だった。
絣の単に、縦じまの袴。手には黒い学生帽、逆の手にも何だか荷物を持っている。

「・・・なんだ、笠井か」
「すみません、こんな遅くに」
「何しに来たんだ?」

もっともな質問に、笠井は答えずに屋敷の中を窺って尋ね返した。

、今いないですよね」
「ま、な」
「ちょっと上がらせてください」

三上は一瞬訝しげな表情をしたが、それをすぐに承諾した。




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2007/03/16