飲むなといわれてやめられるなら苦労はしない。
その行為で忘れられることもあるのだから。
ただ、いつも効くとは限らないだけで。





の 方





日が高くなった頃、はそっと自室から出て階段を下りてきた。

亮に会いたくないからこの時間なのだが、本当はこんなに用心しなくても良いとわかっている。
何故なら、彼はいつでも朝早く家を出て行ってしまうから。
一階に下りてくる時間がいつになく遅くなったのはがただ起きたくなかっただけだし、が動きたくなかっただけだ。

それなのに。

カツンと足音をさせて振り向いたリビングを見たは、そこで足を止めた。
亮が、まだいる。
この家の中に。

「嘘・・・なん、で・・・」

思わずこぼれてしまった言葉をふさごうと口に手をあてたが、それで言葉が戻るなら苦労はしない。
しかし運のいいことに、その言葉はとても小さかったらしく、目の前の亮は微動だにしなかった。

ほっと胸をなでおろすと、部屋に戻ろうと思いかけてまたは足を止めた。

リビングには、亮がいる。
ソファに体をうずめて、の足音にも漏れ出た声にも反応しなくて。
昼なのにまだ家にいる。


「・・・亮?」

少しばかり不安になって、は部屋に向かう階段とは逆方向に足を向けた。


カツン、と硬質な靴の音がする。
亮の黒い髪さえも少しも動く気配がない。

テーブルの上にはまだ中身の入ったグラスと、飴色の瓶が二本。白っぽいラベルには飾り文字で名前が書いてある。
見るからに高そうな外国の酒だ。
もう一本は同じ飴色でもかなり凝った形をした丸い瓶だった。そのラベルには女性の横顔が印刷されていた。
イギリスの、ヴィクトリア女王の肖像。クイーンシンボルのその酒はすでに中身が空らしく、倒れて転がっている。

「何、これ・・・」

近付いてみてわかったのは、酒の瓶はそれだけではなく絨毯の上にも転がっていたことだった。
酒精はどれも決して低いものではない。それを何本もあけるというのは、どういうことなのか。
テーブルの瓶を持ち上げてみれば、白いラベルの瓶ももう空っぽに等しかった。

「どういうこと・・・何でこんなに・・・亮?」

振り向くと、ソファには眠っているらしい亮がいる。
瞳は閉じられ、睫毛の影がまぶたに落ちて陰影をつくっている。
投げ出された足元に転がる飴色の酒瓶。
テーブルの上には透明な液体の入ったグラスと、空のグラス。
透明な液体が水ではないことくらい、容易に察することが出来る。

おかしい。

こんなに一気にあけることが。
このソファで寝ていることが。
昼なのに仕事に行かないことが。

昨日のことが原因かもしれないと予想がつきつつも、それに首を振った。
帰った時から酒のにおいはしたし、それに。

・・・亮が、あんなことくらいで変わるはずがない。

戸惑いながらは亮の肩に手を置いた。


「ねぇ、亮・・・亮、起きて・・・」
「ん・・・」
「亮・・・」

軽く肩を揺すると、眠りがあまり深くなかったのか、緩慢な動作で三上がもたれていた体を起こした。しかしすぐに顔をしかめて頭を押さえる。

「どうしたの?」
「飲みすぎた・・・」

当たり前だ、と思う。
この量を目の前にしたら。

「やべぇ、もう昼かよ・・・。コーヒー。あと外の用意させろ」
「え・・・?」
「仕事に行く」

は耳を疑った。

「何で、そんな無理して・・・」
「溜まってんだよ。悪かったな、朝からいなくならなくて」
「・・・・・・っ」

くるりと亮に背を向けて、は急ぎ足で彼から離れた。

ここは、彼の場所のはずなのに。


――どうしてあんな言葉を言わせてしまったの。




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2007/03/29