事務所の使用人が持ってくる手紙の中に、それは大抵混じっている。
中身は悪辣、読まなくてもわかる。





の 方





昼過ぎて事務所に着くと、そこにもういた使用人は顔色を変えて三上に近付いてきた。

「何していらしたんですか、遅すぎます!」
「わりぃ、客が来てた」
「それで朝から酒ですか? においますよ」

指摘されて三上は黙り込む。
さすがにかなりの量を空けて水も飲まず、何も考えずにいつのまにか眠ってしまったため、コーヒーだけではごまかせなかったようだ。

「・・・そんなにわかるか」
「まあ、そこそこ近くに行けば」
「・・・人に会うのは無理か」
「無理だと思います」

そう言われてしまっては返す言葉も無い。特に、自覚してしまっているのだからなおさらのことだった。
わかってしまえば、決断は早い。

「おい、今日会う予定のやつ全員取り消せ」
「今からですか? 繋がりませんよ」
「うるせぇ、午前中に来たやつもいるだろ、同じようにすればいいじゃねーか」
「だから午前中は大変だったんです!」
「頼むから叫ぶな・・・」

返ってくる言葉が怒鳴り声に近くて、頭にガンガン響いてくる。
右手でこめかみを押さえた三上を見て、彼もその様子に気がついた。

「頭痛ですか?」
「・・・」
「あの酒のにおいは二日酔いだったんですか」
「うるせぇ、黙れ」

やれやれ、と目の前で肩を竦められて三上は軽く睨みつける。
この使用人は苦手だ。
仕事は出来るけれど、似たような昔の後輩が思い出されるから。

「・・・連絡しておきますよ、ちゃんと社長が謝ってくれるんでしょうね」
「偉い奴なら謝ってやるよ」
「何で全員じゃないんですか!? こっちがどれだけ苦労して午前中働いていたか・・・」

頭を抱えるその彼を無視して、三上は奥の部屋へ行った。
人は来なくてもやらなくてはいけない仕事は大量にある。

電話が鳴る音が聞こえた。

「はい、マルサス商会で・・・・すみません、今朝来て頂いたのに・・・。はい、本日はお取次ぎできません・・・申し訳ありませんでした、はい、・・・はい」

かちゃんと切れる音がし、不愉快そうな足音が近付いてくる。

「断りましたよ・・・。あれでいいですよね」
「どーも。明日詫びにまわるか」
「止めて下さいよ、社長が」
「・・・言うこと変わってねぇか?」

そうですか、と彼はしらを切った。こうなれば追求するのも面倒臭い。

「コーヒー持って来い」
「そういう雑用は他の人雇ってくださいよ・・・」
「俺に淹れさせる気かよ」
「わかってますよ。あ、手紙来ています」

コーヒーを置いてある場所とは全く違う方向へ行き、彼は何通もまとめて封筒を持ってきた。
色も大きさも統一性があまりない。
三上はそれを横目でチラリと流し見る。

「今日も来てたか」
「はい。今日も多分同じです。中は見ていませんが」
「幼稚な割にはしつけーな」
「でもここまでしつこいのは少し異常だと思います」

心当たりは、と聞かれて三上は目を瞑った。
いろいろな考え方と主義主張が混在するこの世の中、三上のように強引に物事を進めてきた人間を疎ましく思う人は少なくない。
敵は、多すぎる。
しかも相手は血を見ることもいとわない。
現実問題、事務所はたまに壊されているところがあるし、不意打ちで切り付けられそうになったこともある。

「考えておく必要があるかもな」
「そうですね。それから、大臣から招待状来てますよ」
「は?」
「今日じゃないですけどね、夜会が」

三上は面倒臭そうに目を細めた。

「鹿鳴館がなくなってからほとんどいらっしゃらないので、是非、と」
「かったりぃ・・・」
「あの一番美しい自慢の花も持って来てほしい、だそうです」
「そっちが目的だろ。あのじじい・・・女には構わず色目遣いやがって」
「確かに有名ですけどね。社長には言われたくないと思ってるんじゃないですか」
「俺は選んでるっつーの。あいつは鹿鳴館の中でも人妻に手出してたんだぜ」

――『最も美しい自慢の花』、か。

それを持っているなんてさぞかし幸せなんだろうと思われているけれど。
実情を知ったら、どんな顔をされるか。




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2007/04/10