帰ってくるのは遅くて、家を出るのはあまりに早くて。
何日も家にいないことも珍しくはなかったけれど。

避けられてるし、避けている。
だから、なかなか進めない。





の 方





振り子時計の鐘が鳴って、時間を知らせた。
何回鳴ったか数えなかったから、その時計を見上げる。
褪せた色の文字盤、黒くて鋭い二本の針。
さっき見た時から幾らも進んでいない。

指し示したローマ数字を見て、は溜息をついた。
いぶした金色の振り子の揺れる音が、静かなリビングに響いてかえって空しい。

――こんなに遅いのに、まだ帰ってこない。

見れば逃げ出してしまうのに、何故かまだ動けない。



昼間で放置されていた何本もの空になった酒壜は、使用人たちの手によってすっかり片付けられていた。
が上の部屋で、昼食も取らず閉じこもっている間に。

グラスも綺麗になくなって、テーブルの上には痕跡も見つからない。
この周到さから見ると、酒を入れていた棚の中は、もう別のものが隙間に入れられているに違いない。


亮はまだ帰ってこない。
帰ってくるかさえも定かじゃないのに、どうして私は。
何の前触れもなくどこかへ泊り込んでしまうことだって少なくないのに。


何もする事がなくて、視線を下に落とした。
毛足の長い、ベルベットの色の濃い絨毯がしっかりと横たわっている。

気を使われているのか、家具の足のすぐ近くでも、パイルが潰れている様子がない。

ソファに体をあずけ、肘掛けで頬杖をついた。
ぼおっと見ていると、少しだけ絨毯の色が変わっているところがある。
すぐに気付いたのは、そこがあの飴色の壜が転がっていた場所だということ。
亮が座っていた、すぐ足元の部分。
中身がこぼれていたのかもしれない。


は時計を見上げた。
針はなかなか進んでくれず、自分で速く回してしまいたい衝動に駆られる。
そんなことしても無駄だなんて、わかりきっていることなのに。

聞こえるのは振り子の音だけ。
規則正しい音は、聞いているうちにどんどん遅くなっているように錯覚する。
空気が停滞しているようで落ち着かない。
動かない空気が、時間すらも停めているようで。


何度見ても、時計は進まない。
は小さく溜息をついた。




リン


ベルの音が鳴った気がして、は玄関の方を向いた。
それは間違いではなかったようで、すぐにまたリンと音がする。
腰を浮かせかけたけれども、ベルの音が乱暴で、の動きは止まってしまった。


リン


立て続けに、何度も何度も。
うるさく鳴らされ、ガタガタと悲鳴まであげはじめた玄関に、使用人が慌てて飛んできた。

亮じゃない。

誰なのかわからない夜の訪問者に、玄関から視線がそらせない。
じっと、使用人が扉を開けるのを見ていた。


「はい、どちら様でしょうか」
「何でさっさと開けないんだ、おい、を出せ!」

――うそ。

背筋が一瞬で凍りついたような気がした。




Back Top Next

2007/04/28