勘で予想することは出来ても、それは前触れなくやってくる。 たとえ人がいなくても、誰か本人以外がいても。 たとえ外に通行人がいても。 状況設定は何の阻害にもならない。 暁 の 方 事務所で当たり前のように置かれた封筒に、三上は眉を寄せた。 ここ三日、立て続けで届いている。 差出人は無記名のまま、どこの誰だか全く検討がつかないわけではないけれど、心当たりの範囲はなかなか狭まらない。 連日の手紙に多少閉口しながら、三上は全ての手紙を読み終わった最後に、その封筒を開けもせずごみ箱へと放り込んだ。 リン 「はい、少々お待ちください!」 入り口のベルが鳴る。すぐさま奥から声がしたかと思うと、足音もほとんどたてずに使用人は走って出てきた。 どういう足の使い方をしているのかわからないが、見るたびに少し不気味だ。 「はい、マルサス商会の事務所です。・・・・えっと?」 使用人の戸惑った声が聞こえて、三上はその方角を見た。 褐色の扉は半開きで、ガラスも貼っていないために状況が見えず、わからない。 「えーっと、約束はしてありますか?」 「すみません、急なんですが・・・。社長と面会できませんか?」 使用人の問いに返事をしたのは聞き覚えのある声で、益々三上は訝しげな表情を作る。 成り行きを見守ろうかとも思ったが、気になって結局立ち上がった。多分、いることを知られて困る相手ではない。 「社長と、ですか? 急だと・・・」 「どうしても無理ならいいんです、でも三分だけでも出来るんだったら」 「取り敢えずお名前をよろしいですか? 今聞いてみますから」 「ああ、すみません。笠井です。笠井竹巳と言います」 名前まで出てふと思い出した人物に、三上は思わず声を上げた。 「笠井か?」 「社長!?」 「おい、こいつ上げてやれ。時間はある」 「じゃあ、どうぞこちらへ」 ありがとうございます、と笠井は頭を下げて玄関に上がり、奥の応接室に通される。三上もそれに続いた。 「コーヒーで良いですか」との使用人の問いに何でもいいと即答し、さっさと彼はソファに座る。 「平日の昼間っから珍しいな」 「・・・まあ、今回は正当にサボりです。残念なことに」 「ご静養はもう終わりか」 「いつの話ですか、もう暑くないですよ?」 やれやれ、と笠井が溜息をついた。 ちょうど使用人がコーヒーを運び、笠井が頭を軽く下げてカップを受け取る。一口飲んで一瞬、わずかに顔をしかめた後彼はカップを置いた。 「ところでまず先輩に聞きたいんですけれど」 「何だ?」 「近々、大きな取引とか契約をする予定はありませんか?」 「・・・あるぜ」 「辞退しろ、とは」 「あったな。断った」 「それで、最近嫌がらせみたいなのが増えたりしていませんか? さっきのあの秘書らしき方とか、・・・にとか」 三上が目を細めて笠井を見る。 「・・・何か聞いたのか」 「噂です。半分は誠二の情報網なんですが。・・・三上先輩に言っても埒があかないから、周りから動かそうというようなことを・・・。俺は直接聞いてませんから何とも言えないんですけど、確か・・・」 笠井の声はそこで遮られた。 ガシャンガシャンという盛大な音と共に、幾つもの石と大量のガラスの破片が横から飛びかかってきたのだ。 パリンなんて生易しい音じゃなかった。 頭上から降ってくるほうがまだ避けようもあるけれど、横からではそうもいかない。とっさに目を瞑り、腕で顔をかばって姿勢を低くした。 「社長、大丈夫ですか!?」 「まあ、な。・・・ったく、今回も派手にやってくれたぜ」 騒ぎはほんの数秒だった。 奥へ引っ込んでいた使用人が血相を変えて戻ってきた頃には、もう音は完全に治まっていた。 残っていたのは無残に砕かれたガラス窓と、散乱したその破片。それに大小様々な大きさの石が十数個。大きいものは人の握りこぶしほどもある。 通りは騒ぎ立てていたが、石を投げたらしい人間はさっさと逃げ出していた。 騒然とするだけの一般人は、使用人が慌てて外に出て宥めるとあっと言う間に収束してしまった。 「ガラスも安くないんだぜ・・・。どうしてくれんだ」 「安くないじゃないです、高いんです。今月入ってもう二度目ですよ・・・さすがに事務所も赤字になります」 「ぜってー赤字にすんなよ」 「どうやってですか。お金は沸いてくるものでも降ってくるものでもないんですよ」 取り敢えず応急措置に、と彼はレースのカーテンを閉めた。本当はシャッターを閉めてしまいたいのだが、それでは部屋がかなり暗くなってしまって不便だ。 あたりの惨状を見回して笠井がようやく口を開いた。 「・・・今のは」 「随分直接的だったな」 ガラス片は部屋のあらゆる所に飛び散っている。小さなほうきを持って使用人は現れると、ソファと机だけ大急ぎでガラス片を落とした。それが終わると三上が再び座ったので、笠井も座りなおす。 腰を下ろしたとき、笠井はすぐ足元に大き目の石が転がっているのに気付いた。 深く暗い色の絨毯の上で、他の黒い小石と違いその石は白くてやたら存在を主張している。 その白いのはしわのよった紙なのだとすぐに気がついて、笠井はそれを拾い上げた。手にするとずっしりと重い。 「何だ、それ」 「石に紙巻きつけて投げ込まれたみたいですけど・・・」 剣呑な表情で受け取った三上は、そのしわになった紙を開くと、さっと顔色を変えた。 白い半紙に黒い墨で書かれた文字。 しわのせいでわかりにくいが、それは笠井の側・・・裏面からも読み取れた。 曰く。 ――要求を受け入れられない暁には、貴方の大切な方に及ぶことも、承知すべし Back Top Next 2007/06/06 |