白い半紙に墨痕鮮やかな黒い文字。
目的語が足りない内容。
ただの悪戯で済ませるには、あまりにも気味が悪かった。





の 方





、おい! いるだろ!?」

急いで仕事を切り上げて家に帰り着くなり、玄関先で亮は叫んだ。

状況が飲み込めない使用人たちがあわてふためく。
そんな様子をものともせずに、亮はもう一度同じ名前を叫んだ。
使用人同様、亮の様子に戸惑った表情を浮かべながらは二階から降りてくる。

「亮、どうしたの?」
「おせぇ!」
「ごめんなさい、でもそんなに叫ばなくても聞こえるわ。・・・ねえ、何かあったの?」

階段を降りきったにつかつかと近寄ると、亮は彼女の肩を掴んだ。
びくりと体が震え、の目に怯えの色が混じったが、それにすら気付かずに亮は同じ調子で尋ねた。

「最近、外に出たか!?」
「で、出たわ・・・今日の昼頃。少し散歩を」
「何かなかったか!?」
「なにか・・・?」
「何でもいい、少しでも変わったことなら」

強い調子に押されて、は不安そうに目を伏せる。

「どうしたの・・・心当たりでも?」
「いや・・・。いいから、あったのかなかったのか!?」
「・・・あったわ」

一瞬ためらってから、口を開いた。

「言われたのよ・・・。『次の取引は辞退するように、三上子爵に言ってほしい』って」
「それで、何て答えたんだ」
「『主人の仕事のことは私が口を出せるようなことではない』って答えたわ。それっきりだけど・・・」
「他には」
「他には・・・特に何も起きていないと思う」

亮は剣呑な表情を浮かべた。
何も起きていないのが一番不気味だ。対処のしようがないのだから。

「・・・どんな奴だったか憶えてるか」
「男の人よ・・・。顔はこれといった特徴がなくて・・・。あなたと同じくらいの歳だと思う」

律儀に記憶を思い起こしながらは答えた。

よく憶えている。
今までなかったことだったから、強く記憶に残っている。

「本当にそれ以外聞かれなかったんだな」
「本当よ。他には何も」
「こんなとこで嘘なんかつくんじゃねーぞ」
「・・・本当よ」
「わかった」

あの昼間の内容がこのことを指しているという可能性は十分考えられる。けれども、あんなふうに忠告をしておいてこれだけで済むなんてことがあるだろうか。
間違いなく手紙は脅迫まがいのことで、に危害を加えるということを言っていると思っていた。しかし、これで終わりではあまりにも弱すぎる。

――まだ、何かある。

というより、まだ本当は何もしていないような気がする。
昼間のへの出来事は、事前調査のようなもの、だとしたら。



「・・・何?」

いっそう不安そうな面持ちで、は尋ね返す。
肩を掴んだ手を少し緩め、亮はをまっすぐ見た。

「当分、外に出るな」
「どういう・・・」
「どうでもいい、とにかく、俺が許可する以外は出るな。・・・悪いけど、今日の夜会は出てもらう」
「・・・わかったわ」

が神妙にうなずいた。


――これでどうにかなるなんて思っちゃいないけど。

せめて気休めくらいにはなってほしい。




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2007/06/10