道が鳴る。
蹄が鳴る。
ガラガラと車が鳴っていく。





の 方





白い小径を馬車が駆け抜ける。
ガラガラと音を立て、何台かの馬車と小径ですれ違う。

馬車のカーテンはしっかりと閉め切られ、中の人物は見ることが出来ない。
質素な造りでもなく、かといって豪奢に飾っているわけでもないその馬車は、外からでは誰のものなのか判断することは難しい。

乗っているのは亮と
双方で一言も口を聞かず、暗い馬車の中には思い沈黙が立ち込めている。


亮はほんのわずかだけカーテンを開け、隙間から外をのぞいた。
黒い着物の男たちは、まだ門前でたむろしている。
せっかく早く抜け出してきたのだ。気付かれるとは思わないけれど、もいる手前、ここで襲われるようなことは避けたい。

もし何か今ここで起きたなら。
間違いなくにも危害が加えられると考えなければならないから。


門が近付いてきて、亮はカーテンをまた隙間なく閉め切った。
外から決して中がうかがえないように。

一秒、二秒と馬車が門を通り過ぎるのを待つ。
がたん、と馬車が揺れて、門を越える音がする。
隣りで、またどこかの家の馬車とすれ違った。


――ひとまず、何もない。


亮はほっとため息をついてカーテンを再び薄く開けた。
大通りに出てしまえばあとはほとんど心配することもないだろう。


「・・・どういうこと」

ふいに亮の背中へ、の声がかかる。
ふりむくと彼女は亮の方を見もせずに、もう一度「どういうことなの」と繰り返した。

「何がだよ」
「帰る理由よ。・・・私は別にどこも悪くないわ」

確かに居心地のいい場所ではないから、そういう気分の悪さはあった。けれども、決して体調が悪かったわけではない。
朝から頭が痛いなんて大嘘もいいところだ。
顔色だって、化粧をした顔とあの薄暗い室内ランプで、どうやってわかると言うのだろうか。

「何だ、あそこにいたかったのか」
「あの場に留まりたいわけじゃないわ。けれども、こんなにもすぐ帰るなら来る意味はないじゃない」
「言っただろ、大臣が来いってうるせぇんだよ。顔ぐらい見せないといい加減恨まれる」
「・・・それに私を巻き込まないで」

の物言いに、亮がふんと鼻を鳴らす。

「じゃあ大臣の言いなりになってあそこで愛想振り撒いてろってか? 冗談じゃないぜ。だいたい、お前はさっき何だったんだよ」
「私が何かした? あなたの要求通り、愛想は振り撒いているわよ」
「俺のいる前で、大臣にのこのこついていこうとしてただろ」
「ならどうやって断れって言うの? 私が何か言っても心象を悪くするだけだわ」
「お前知らないのか!? あの大臣はな、」
「知ってるわ。でも、だから何なの!?」

いつのまにか声の調子が上がってしまっていることに気付いて、は口をつぐんだ。

知っている。
あの公爵は、大臣は、かなりの女好きで有名だ。
彼に関しての噂は耐えない。
それは鹿鳴館の時代から、ずっと。

でも、そんなのはもうどうでもいい。

「・・・本気で言ってんのか」
「・・・・・っ」
「要するに、お前は俺より大臣の妾になった方が良い、と」
「そんなこと誰も言ってないじゃない!」
「そういうことだろ。あの場で断らないってのは。・・・勝手にしろ」

腕組みをし、足を組んで亮が黙る。
それきり、どちらも一言も言葉を発さなかった。

うつむくと、ぱたりと一雫、ドレスの上に水滴が落ちた。




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2007/06/28