なんて運が悪いんだろう。
どうしてこうも重なるのだろう。

それで誰がどうなるかなんて、考えたくもない。





の 方





エドワーズ塾がチェンバレンのものとなっても、他には何も変わらない。
渋沢がこの塾に来ても、他には何も変わらない。

数少ない例外を除いて。
そしてその例外に、見事に竹巳と誠二は当てはまった。


「タクー、キャプテン凄いよ!」
「・・・誰、そのキャプテンって」
「この前来たシブサワさん!」

竹巳は渋沢を睨むか避けるかだし、誠二は懐いている。
形はどうであれ、二人の生活の一部の中に完全に彼が取り込まれていた。


「・・・何でまたキャプテン?」
「あのねー、いぎりすの学校でキャプテンやってたんだって」

無邪気に誠二は話す。竹巳が渋沢のことを嫌ってるなんて知らないのだから、無理もないけれど。
もっとも、彼がもし知っていたとしても無邪気な笑顔は崩れないだろう。

「学校の?」
「ううん。何とフットボールの! ゴールキーパーだって!」
「へぇ・・・」

フットボールという言葉に、竹巳はつい興味を示した。
この欧州の競技は、つい最近、エドワーズが生徒達に教えた。以来、誠二も竹巳も続けている。
海軍では訓練の一貫として取り込んだりもしているらしいが、詳しいことは知らない。

「しかもおっきいよなー。6フィートあるって言ってたから、えーっと」
「6尺と少し」
「そうそう! 異人さんってみんなああなのかな」

そう言う誠二は、平均よりは大分高い。竹巳だって、少し高めだ。
そんな二人よりなお高い、渋沢。居留地でなければ、かなり人目を引くだろう。

「異人さん、ねぇ・・・」
「でも名前は日本人っぽいよね。あ、キャプテン!」

誠二は目ざとく、廊下を歩く渋沢を見つけた。余計なことを、と竹巳は胸中でため息をつく。誠二が大きく叫んで手を振ると、それに当然気付いた渋沢が向かってきた。嬉しそうな怪訝そうな、複雑な表情で。

「誠二、通じてないよ」
「あ。Let's get home with me!」

ああ。何を言い出すかと思えば。
竹巳は頭を押さえる。
一緒に帰るなんて、考えたくもない。今日一日関らないようにと避け続けていたのに。
さっさと帰ってしまいたいのだが、この状況でそれを言いだすのはどう考えても心象が悪い。それに、どうせ誠二は、竹巳を帰してくれないだろう。

竹巳がどうにか考えようとしていると、渋沢は笑いながら誠二に答えた。

「Thank you. But, I live with Jeff」
「あぁ・・・」
「ジェフって誰?」

竹巳はほっと胸をなでおろした。
朝聞いていたことを失念していたのはともかく、見当違いの質問をしている誠二もともかく。
渋沢は、ジェフ・・・つまり、エドワーズ夫妻に代わってやって来たジェフリー・チェンバレンの居候だ。帰るも何も、すぐ隣に家がある。
つまり、竹巳は誠二の発言に心配する必要なんてなかったのだ。

「ねー、ジェフって誰? タクー」
「うるさい。朝説明してたよ、誠二」
「うっそ。俺聞いてないよ!」

放っておけば更にうるさいことを知っているので、竹巳は誠二に適当に説明をする。
話を聞き終わった後、誠二は本当にがっかりした風に、残念そうな顔をしていた。

「えー、じゃあキャプテン帰れないんすか?」
「だから日本語・・・」

英語に直すことも忘れて藤代は文句を言うが、悪意がないのが通じているのだろう。渋沢は別に咎める様子もない。笑って済ませている。
そして次に竹巳に目を留めた。
少し言いよどんで考えるそぶりをし、思いついたような表情をした渋沢に対して、何も言われないまま竹巳は答える。

「She is fine」

不思議そうな表情を一瞬した後、嬉しそうに渋沢は頷いた。

「タク、キャプテンとも知り合い?」
「さぁ。ほら誠二、いいかげん帰るよ」

えー、と文句言いたげな誠二を竹巳は一睨みする。不満そうな表情を残しつつ、誠二は別れを告げて竹巳と共に教室を出た。


居留地は活気があっても、外の風は冷たい。


「ねぇタク、タクはキャプテン嫌いなの?」
「・・・・・・」
「タクってば」
「・・・・・・」

不機嫌さをあらわにして、一言も竹巳は喋らずに歩いていた。

「タクー・・・」
「なに」

あまりのしつこさにようやく竹巳は口を開き、誠二の顔が心なしか輝く。

「あのさ、朝から思ってたんだけど」
「何?」
「キャプテン誰かに似てるなーって。ほら、えっと、さっき思い出したんだけどさ」

続きを促すまでもなく、誠二は一人で続ける。

「うん、伯爵の跡継ぎ」

思い出した自分に満足したのか、にぱっと誠二は笑った。そんな誠二とは対称的に、竹巳は一瞬思考を硬直させる。
だって、伯爵の跡継ぎと言えば。

「でもさ、最初は似てると思ったんだけどやっぱ全然似てないんだよね。そもそもキャプテンみたいに背高くなかったし、髪とか茶色くなかったし。だいたい、事故で死んでるし。何で俺似てるなんて思ったんだろ」

彼に悪気は無い。それを知っていても、竹巳は他に苛立ちのぶつけ先を知らない。

「あ、じゃあそれって完全に婿取りになるんだっけ? 女の子いたし。あれ、そういえばタクって」
「誠二」

自然と低くなった声に、誠二が思わず黙る。

「いいかげんにしろよ。その話はおしまい。渋沢のことは俺の前で言わないでくれる」


こんなに強く言ったのは、初めてかもしれない。




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2006/10/03