白い蝋燭の炎が揺らめく。 組み合った一対の影が大きく岩壁に映し出される。 今宵も投獄された男は、そこにいた囚われの少女を抱くのだ。 組み敷いたものが死神だなど、夢にも思わずに。 毒娘 「八人目・・・」 運びだされる死体を見て、翼は小さくつぶやいた。 掛けられたむしろからは、だらりと太い腕がのぞいている。 大柄な男で、足の先までもむしろからはみ出していた。 感情の無い目で、彼はそれを見つめる。 今目の前で運ばれている死体は、もともとは知っている人間だった。 武骨で粗野な大男で、最近玲の指示に始終口を挟み、彼女が煙たがっていた彼だ。 少女を目の前にして、理性など残るはずもないのか。 抱かなければ助かる、それだけなのに。 少しでも考える頭があれば、この少女のことを怪しまないはずもないのに。 彼にはこの少女のことなど、少しも伝えられてはいなかった。必要なかったから。 岩室の少女を知っている人間は、玲と翼と、他にわずかにいるばかり。その一握りの者も少女が使えるようになってきた以上、時を待たずして消されるだろう。 飛葉の秘密を知る者はいずれそうなるのだ。 「つばさ・・・さま」 「口を慎め」 少女の泣き顔が目に痛い。 朝日に晒される少女の身体はまだ生娘のように清浄なものに見えるけれども、暗くなれば一変する。 蝋燭や月光に浮かび上がるのは男を知らない少女の身体ではなく、男を誘って喰う淫靡な女の姿。 哀れな少女は、何の自覚も持てていない。 生来の美貌と取り込まれた毒の力は、すっかり彼女をそのように作り上げてしまった。 「・・・わ、たし・・・・・違、私・・・な、なん、で・・・」 怯え切った瞳が、血の気のなくなった頬が、震える唇が。 何故か、と。 何が起きたのか、と。 「も、申し訳・・・ありませ・・・、ん・・・・・・私・・・」 半狂乱のように少女は謝罪を口にし、しかしその言葉は途切れとぎれて上手く繋がっていない。 表情は憔悴しきって、見ているのも聞いているのも痛々しいほどだ。 無理もないと思う。 一日置きに、今朝で八人。それが、この岩室に放り込まれた男の人数だ。 そしてそのいずれもが、一晩の内に死んでいる。 全て同じような死に方をし、原因はつまりこの少女なのだ。 少女を知る者は彼女を厭い、知らぬ者は彼女を抱く。 抱いたものは死ぬ。 少女を厭わなかった者はみんな死んでいる。 精神的にも身体的にも、もう堪え難いほどの負担を感じているはずなのに。 さらに追い打ちをかけなくてはいけないのが辛い。 「何人殺したかわかってんの?」 「・・・こ、ころ・・・し、て・・・・・・」 「殺してんだよ、八人」 「ぅ・・・ぁ」 顔が強ばっているのに、歯の根だけが合わなくてガチガチ言っている。 どんどん表情が色を無くしていく。 僕は玲じゃないから、そんなに非情になれない。 に対して、完全に冷たくなることなんて出来ない。 たとえ殺されかけていようとも。 ――それでも。 「ごめんな・・・さ・・・」 「違うね」 言わなきゃいけない。 何でこんなことを。 「おまえ、毒娘なんだよ」 「ど、どく・・・」 どくむすめ。 聞き慣れない単語に、の頭が混乱する。 ひどく気分が悪くて、冷や汗が伝う。目眩までしてきたような気がした。 ぐらりと身体が大きく揺れて、近くの壁に寄り掛かった。自分で自分の身体を支えていられない程に震えが止まらない。 「翼! どれだけ時間が掛かっているの?」 「玲!?」 「言うだけなのよ、簡単なことでしょう?」 翼で遮られていた岩戸で、玲が声を上げる。 つかつかと奥まで入ってくると、彼女は少女を見下ろした。 「あなたは毒娘なのよ。毒を与えて育てられた毒娘。あなたを抱けば翌朝には必ず死ぬわ・・・わかるかしら?」 「ぁ・・・」 「代わりにあなたは毒では死なない。あなたの毎日の食事にも、毎日灯させた赤い蝋燭にも毒が入っているから。・・・だから今気分が悪いのでしょう?」 毒で育てられた少女は、毒が無くては生きていけない。阿片の中毒患者が阿片を求めずにいられないように。 毎日灯していた蝋燭が二日置きになって、禁断症状が出始めたのだ。 「よく憶えておきなさい。あなたは毒娘。誰からも愛されることはないわ。あなたは普通の娘ではないのよ。それでもここに居場所を求めるなら、私の為に働きなさい」 「・・・は、・・・・う」 「毒娘としての能力は十分よ。八人、あなただけの力で殺しているのだから。どうなのかしら?」 震えながら少女は玲を見つめた。 否と言えなくする視線。 断れば、どこにも行く場所はない。受け入れてもらえるところもない。 「は・・・い・・・・・・お、仰せのま、ま・・・」 「!」 ふらりとの力が抜けて、固い床に崩れこんだ。 思わず翼が駆け寄ろうとするのを、玲が制する。 「玲・・・!」 「何をやっているの。あなたは当主、あの子は毒娘。立場をわきまえなさい。触れればただでは済まないわ。・・・あなたそれで一回殺されかけてるのよ」 「・・・っ」 「名前もまだ忘れてないなんて・・・情が移っては支障がでるわ」 玲がを一瞥する。荒い呼吸を繰り返す彼女は顔面蒼白で、唇も紫色になっている。 黒い燭台に近づいて、玲は懐から出した赤い蝋燭に火を点けた。炎が揺れて、微かな甘い香が漂い始める。 「さ、出るわよ」 ――の傍にいることはできないんだ。 2007/01/14 |