どのような形であれ、愛して頂けるのは嬉しいことなのに。 私がもたらせるのはただ一つなのです。 それは不幸以外の何物でもないでしょう。 毒娘 「飛葉の娘が、飛葉に追われているだと?」 「あ、はい・・・」 低く告げられた言葉に、少女は顔を上げる。 彼女の顔には不安の色が見え隠れし、短く返事をした声が心なしか硬い。 少女が通された本陣の奥。 揺れる仄かな灯の中で、一層際立つ少女の儚さ。漂う微かな甘い香の匂い。 血色の唇が淫靡に光り、白いうなじにかかった黒い髪がたまらなく妖艶だった。 番兵の報告どおり。 理性で押さえ付けることの出来ない感情が勝手に頭をもたげてくる。 一目見て、抱かずにいることが冒涜である気さえしてくる。 「何をした」 「・・・飛葉の当主様を亡き者にしようとした嫌疑が、わたくしに掛けられたのでございます・・・・」 「何、当主の殺害?」 「はい・・・、わたくしは決してそのようなことはしておりませんのに聞き入れてはもらえず・・・追っ手が差し向けられたのです」 うつむいた少女の顔から、ぽたりと雫が一粒、緋色の着物の上に落ちて染みを作った。 緋は濃く暗く色を変え、血の雫を垂らしたような艶めかしい赤へと変化する。 「いかなる理由であれ、戦中に本陣に忍び込む、しかも敵方の者なれば大罪。待つのは死だと知っているだろう」 「存じております。・・・しかし上様! どうか、どうか御慈悲を下さいますよう・・・っ!」 頭を下げ、上目遣いで少女が懇願する。 事前に一悶着あったせいか、着物には真新しい泥があちこちに付き、髪はほつれ、帯は緩み、胸元がゆるくはだけている。 のぞく鎖骨、白い足。潤んだ瞳。 全てが少女を女たらしめ、男を誘う。 「・・・罪は、罪ではないか? 飛葉から来た娘など、信用できるはずもない」 「お願いします・・・。どうか、どうか・・・! わたくしに出来ることなら何でも致しますゆえ、命ばかりは・・・」 「ふぅむ」 少女に悟られぬように、口元に浮かびそうになる笑みをこらえる。 ――とうとう、言わせた。 「・・・何でも、と申したな」 「は、はい・・・」 「ならば・・・私の夜伽になれ」 少女の顔がさっと陰る。 「どうした。なれぬと言うのか」 「あ・・・いえ、しかしわたくしには勿体ないこと・・・」 「勿体ないはずもない。顔を上げてみよ。お前はどんな女よりも美しい・・・」 伸ばされた手が少女の頬を撫で、顎へ、うなじへと移る。 冷たい指のぞくりとした感覚。 目の前に男の着物が近づいて視界を暗くした。 「う、上様・・・」 「おまえたち、下がれ」 「・・・御意」 衛兵たちが下がる衣擦れの音がする。 たとえ隣の部屋で聞き耳を立てているとしても、入ってくることは出来ない世界になる。 「娘、名は何と申す」 「・・・飛葉で頂いた名など、飛葉を出る時に捨てました・・・・・」 少女の襟元に手を掛け、男はくつくつと笑った。 「面白い娘よ・・・本当に私のものとなれ」 「上様・・・・あぁっ!」 少女の顔が苦痛で歪んだ。首の付け根にうずめていた顔を上げ、男が口角を持ち上げた。 鼻先を掠める甘い少女の香りと、口内に広がる鉄の匂い。どちらも甘美で芳しく、男は目を細める。 ぞくりとする冷たい笑みに、背筋が寒くなるのを感じる。 「夜伽はただ従えば良い」 「う・・・うえ・・・・・さ、ま・・・・」 うなじから鎖骨へ、胸へ。隠すものを失った白い肌に赤い跡が映え、蝋燭の炎で浮かび上がる。 帯は完全にほどけ、緋色の襦袢が卑猥な影を見せている。 「あ・・・はぁ、・・・」 肌にかかる吐息が熱い。 上気した頬、桃色に染まる身体。 はだけた襦袢から手を滑り込ませ、直に割れ目をなぞれば指先に蜜が絡み付く。 「くっ・・・ふ、・・・・・んぁ・・・!」 指を動かすたびに漏れ出る甘い声、湿った吐息。 全てが男の望むままに。 それに満足した彼は、少女の細い腰を押さえ付けると一気に自分自身を入れ込んだ。 「あぁ、ぁ・・・・っん・・・・はぁ」 何度目か知れない、異物が入り込む感覚。 もうすっかり慣れてしまったけれど、身体はいつも必ず反応してしまう。 「生娘ではないとな」 「も、もうしわけ・・・ござ、っ・・・あ、」 「お前ほどの娘なら誰かのお手付きでもあろう・・・謝る暇があるなら、もっと鳴け」 「はぁ・・・・あぁっ! ん、・・・ぁ・・・・・・」 執拗に突かれ、かき乱され、少女は堪らず声を上げる。 それに男は一層笑みを深くした。 「そうだ・・・私はお前を愛している」 「う、え・・・さ・・・・・ま、ぁ・・・」 言葉を遮るようにそっと唇を重ねる。 香と同じように薫る甘い蜜の味、苦い毒の匂い。 少女の唇は例えようもなく甘美なもの。 その身体を蕩かすような心地よさの中で、男は目を閉じた。 「は、ぁ・・・」 少女が動かない男を見ながら荒い呼吸を繰り返す。 まだ身体は温かい。けれども、さほど経たないうちに冷たく変わってしまうだろう。 今までの男たちが全てそうだったように。 朝には冷たく、言葉を無くした骸に成り果てるのだ。 襦袢を纏うのも忘れて、少女は静かに涙を流した。 ――ごめんなさい。 私がもたらせるのは。 ――ただ、死、一つのみなのです。 2007/02/25 |