集められた兵の数は百二。 どれも武芸に秀で、忠義の厚い者ばかりだ。 毒娘 鬱蒼とした森の中では、木が空を覆って月の光も差し込んではこなかった。 赤を差し色とした軍旗もまた、暗がりの中では黒く沈んでいる。 一言も発さず、足音と武具のあたる音だけが夜のしじまに吸収される。 遠くに浮かび上がる、松明の炎。 大事に見えないように出来る限り明かりを減らした飛葉と違い、見える松明は何本も明々と照っている。 白々と明け始めた空は遠く東が淡い藤色で、西南には満月の方がまだ大きく居座っている。 何事もなくこのまま夜が明けそうだと見張りの兵士たちは息をついたが、すぐに山道の異変に気付いた。 「・・・おい、み、見ろよ、」 「飛葉の旗! 奴ら、こんな時間から攻めてきたぞ!」 「い、急いで当主殿にお知ら・・・っせ・・・・」 「遅い」 背後から降ってくる声と、後ろから貫かれた刀。 音一つたてず無駄のない動きで行なわれたそれによって、見張りの一人が膝から崩れ落ちる。 背から胸へ突き抜けたその刀に体重がかかる直前、刺した彼は刀を引き抜き、もう一人の見張りに突き付けた。 赤い血が切っ先からぽとりぽとりと滴り落ちている。 飛葉の軍は目の前に迫っている。 けれども、目だけ動かして周りを見ても味方は誰一人見つからない。 足元に倒れている彼以外は。 「おい翼、殺しちまったのかよ」 「一人は生かしてあるよ」 兜を着けていない顔は白く、美麗な少女の人形のように整っている。しかし、それが少女でないということは身のこなしと口調でわかる。 さらに彼を特徴づけているのは、朝日に透けて赤っぽく見える茶色に近い髪だった。 翼と呼ばれたその少年の背後から栗毛の馬に乗ったまま話し掛けてくる少年がいる。 それから、鞍だけを着けたままの葦毛の馬。目の前の彼が乗っていた馬なのだろう。 その翼は彼には目もくれずに、正面の見張りを見つめている。 「マサキ、第二軍は」 「あと数分」 「読み通りだね」 翼は口元にだけ愉快そうに薄く笑みを浮かべる。 ぞっとするような佳人の笑み。先を見通す戦術、軍を指揮する年下の少年。 そして、赤みがかった茶に近い髪。 「ひ、ひ、飛葉当主の・・・っ!」 「へぇ、知ってんの。でもさ」 刀の切っ先がつ・・・と男の首に押し込まれる。 ちくりと針の刺さったような感覚に、男はひっと小さく呻いた。 「今は関係ないんだよね。・・・そっちの当主の所まで案内してくれる?」 「ま、まさ」 「何、駄目? なら俺らで探すけどね」 細くなった目が、不敵な笑みが空恐ろしい。 年下の少年を相手にしているとは思えない威圧感がある。 「正面の・・・一番奥の左の」 「何だ、普通の造りか。聞く必要なかった」 吐き捨てるように翼は言うと、後ろの自軍を振り返る。 「このまま突入、第一軍はこの中で、第二軍は外塀にそって囲め!」 叫ぶやいなや、大きく起こる勇み声。 目の前に並ぶ兵よりもはるかに多い数で、その声は上がった。 翼が指差した方向から、百二の兵が本陣内へ流れ込んでいく。 「ああ、アンタはもう必要ないから」 凍り付くような笑みに、体が本当に動かない。 なんとか細く悲鳴を出したその喉からは、次の瞬間に鮮血が飛ぶ。 「げ、やっぱ付いた」 「人を斬りゃ返り血が付くのは当たり前だろ。・・・せめて胸当てとか急所守る防具はつけろよ」 「やだよ、うるさいし重いし動きにくいし。あれ着なきゃ勝てない奴の気が知れないね。弓だろうが剣だろうが、当たらなきゃいいんだよ」 邪魔といわんばかりに足元に転がる男を足で蹴飛ばし、翼は葦毛の馬に飛び乗った。 「急ごう」 「馬で突っ込むのかよ・・・」 「その方が速い。置いてってこいつ殺されても困るしね」 見るとそろそろ敵方の中で混乱が起きている。 早く、早くしなければ。 の命の保証もなくなる。 「行こう。雑魚は相手にするなよ」 「当然」 柾輝が頷いたのを見ると、翼は手綱を引いた。 2007/03/20 |