遊び相手がいないのだから
理由なんてどこにもない。





毒娘





翼から名前を貰った少女は、いつも庵にひとりだった。
庵の戸は大きくて重い厳重な錠が掛けられ、外から入ることも中から出ることも許されない。
高い位置にある窓は障子がはまっていたが動かせるものではなく、格子までついて明り取りのためだけに機能している。

そんな中で、はいつもひとりでいた。

この庵に来る者は少ない。
庵といえば普通は客人用で、外から人が来た時に茶室として通すのだ。
けれども、客人は来たことがない。

彼女の住む庵は、庵としての機能は果たしていなかった。
その場所は例えて言うなら高等な監獄のような場所で、だから母屋からも庭からも切り離され、ひっそりとした場所に迎えられていた。

来るのは西園寺玲。
長く椎名の家に仕えた西園寺家の女傑。
飛葉を治める椎名家の当主はまだ十にも満たず、代わりにこの地を治める西園寺玲、その人。

三日に一回ほどの割合で、彼女はこの庵に訪れる。
そして、何度も彼女に誓わせる。


ひとつは、ここに自分以外の人を入れてはいけない、ということ。
ひとつは、ここから外へ出てはいけない、ということ。


はその言いつけを忠実に守っていたから、彼女の世界は長くこの庵だけの閉ざされた世界だった。
たまに玲が外へ出してくれたが、縁側で周りを眺めるだけに留まっていた。


だから、翼が再び訪れた時、彼女の目は輝いた。



「・・・翼!?」
「しーっ。玲いないよね」
「いないわよ」

外に繋がる、小さな木戸が開かれる。そこから、転がり込むように翼が入ってきた。

「・・・にしても、何でここはこんな狭いわけ?」
「その戸は、ごはん貰うための戸だもの」
「ごはん?」

翼が聞き返すと、が「うん」と笑顔のまま頷く。

「朝と夕方に、ここからごはん入れてもらうの。食べたら器をそこの前において。それから半刻くらいしたらまたその戸が開いて、持って行くの」
「ふーん。変なの」
「変?」
「うん。だって食事ってさ・・・」

翼がぽつぽつと母屋での話をする。
食事は女中が持ってきて、それぞれに朱塗りの膳が出される。
黒い漆のお椀に、白い茶碗。
乳母と玲と家族が集まって、共に食事をする。

「すてきね、みんなで食べるのって」
「別にこうやって話とかするわけではないけど・・・」
「でもすてきだと思うわ」

そんなものなのかと、翼は一応納得する。
自分が来ただけで彼女は喜ぶのだから、一人の食事はつまらないと思っているのかもしれない。

「ねえ、他には?」
「他?」
「うん。翼は毎日何をしてるの?」

問われて、翼は考える。
何をしているかと問われても、毎日同じことをしていて何を言えばいいのかわからない。
色々なものの勉強と、武芸全般の習い事。
それらは、に話して面白いことなのかと考える。

「とくに・・・。勉強したり、馬にのったり、剣技ならったり。は?」
「わたし? ・・・わたし何もしてない」
「何も?」

黙ってが頷く。

「たまに玲様がいらしてね、その時にお唄ならったりお琴ならったり、字を書いたりするわ。でもいつもは何もしないの」
「何で? 遊ばないの?」
「あそぶって?」

その返事に、翼は軽い衝撃を覚える。
何をして遊ぶではなく、遊ぶことを知らないなんて、そのことが信じられない。

「碁とか絵合わせとかさ、」
「どういうの?」
「え?」

説明すると、感心したように目を輝かせ、その後ふいに表情が陰る。

「でも、私はここにひとりだわ」
「外へは出ないの?」

今度は、ふるふると首を横に振って彼女が答える。

「表へ出てはいけないと言われているの。・・・・玲様に」
「玲が?」

彼女がうなずく。

「じゃあ、行こう。今日はもう遅いから、今度」
「・・・でも、お外はあぶないから駄目って言われたわ」
「ぼくがいるから平気だよ。それに、外はあぶなくないよ」
「・・・ほんとうに?」

伏せ目がちに、が聞き返す。それに翼はしっかりと頷いた。
重苦しい鍵は、翼でさえ開けることは出来ない。けれども、彼女が食事用だというあの小さな木戸なら、きっと彼女も出入りが出来る。

「玲にはないしょだよ」
「うん、ないしょね」

顔を見合わせて笑う。
小さな二人だけの、大きな秘密を抱えて、満足そうな表情を見せた。



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2006/12/29