その内に噂として広まるのは仕方ないと思う。
人の口に戸は立てられないのだから、完全にこの事件を封印するのは無理なことだ。
けれど、今急激に広まってしまったら混乱が起きる。
それは避けなくてはならなない。





毒娘





憔悴したを部屋に置いて、外と中とに死んでいる男たちを両方とも隣の部屋に移す。
力が抜けた人間は見た目以上に重いのが相場だが、肉塊と化したそれは運びにくいだけで意外にも軽い。もちろんそれは大柄な男の見た目からしたら、と言うだけの話であって、外見からして非力な、しかも気が動転しているが押し退けるのには辛い重さであるとは思えた。
不自然な軽さは魂が抜けてしまった分、と考えると気味が悪い。それでも二人で死体を動かすと、ほとんど間を置かずに不機嫌な三上が現れる。
笠井が隣りの部屋を指し示すと、小さく文句を言いながらも入っていった。

「本当に死人かよ・・・」

驚きなのか呆れなのか。誰に聞かせるわけでもなく、何ともつかない三上の声が隣の部屋から聞こえる。

「原因、とか判りますか?」
「俺が調べるまでもねーよ」

笠井の問い掛けに多少投げ遣りな調子で答えると、三上は障子の方をちらりと見る。それに次いで笠井と藤代も目を向けた。

廊下が特有の甲高い音を立てている。
鶯張の音を鳴らす原因の足音はふたつ。かなり早足で部屋に近づいているのがわかった。

「大丈夫か!?」

声とともに障子が開いて、渋沢の姿がのぞいた。
を除き、藤代と笠井が反射的に障子のもとの彼に顔を向ける。奥の六畳間から三上も出てきて、襖のすぐ前に座った。

「そこの二人です。邪魔だったので奥に入れました。さんは・・・怪我、という点なら無事ですが・・・」

開いた襖から見える奥の六畳を視線で指し示した後、ちらりとを一瞥して笠井は答えた。

彼女は終始うつむいたまま、一言も発していない。鳶色の羽織の下で、纏った白い浴衣の前合わせの胸の辺りを握り締め、足を崩したまま座っている。
心なしか彼女の体が、小刻みに震えているように見えた。

渋沢がひとまず息をついて、辰巳がよこした円座の上に座った。



渋沢が声をかけると、の体がびくりと動き、涙で濡れた顔が上げられた。

「う、上様・・・っ、私、は何も・・・っ」
、落ち着いてくれ。誰もお前を責めたりしないから。とりあえず、昨晩の話を聞きたいんだ。・・・言えるか?」

酷な質問だとは渋沢自身もわかっていた。殺人を疑われてだけの弁明なら、無実の者なら誰であろうとよほどのことがない限り、いくらでも喋れる。
しかし、今回は。
昨夜に起こったことの断片が容易に予測可能であり、それは一般的に女にとって非常に口外するのがはばかられるであろう問題であるため、無理に言わせるのも忍びない。
昨晩を知っているのは彼女しかいないのに。

はうつむいたまま黙っているし、渋沢もまた何も言わずに心配そうな面持ちで彼女を見守っている。何も動かない空気の中、痺れを切らした三上が悪態をつくように吐き捨てた。

「・・・ったく、どうせあそびめだろ? 夜に男と寝るのも仕事のくせに、何を今更」
「三上「三上先輩、そんな言い方ってないじゃないっすか!?」

立ち上がって、今にも三上の胸ぐらに掴み掛かりそうな勢いで藤代が食って掛かった。
笠井が「誠二」と読んでも、止まらずにまくしたてる。

ちゃんだって、なりたくてなってるわけじゃないかもしれないんすよ!? それに実際ちゃんは震えるくらい恐がってて・・・なのに先輩は!」
「そいつがあそびめだってのも男と寝るのが仕事ってのも本当じゃねーか。お前こそ何言ってんだ。あいつだってわかってんだろ」
「だからって・・・!」

尚も続けようとする藤代の着物の裾を引き、笠井が無言でにらみつける。
渋々、藤代はまた座った。

「三上、さすがに今のは」
「言いすぎ、てか? へーへー、わかったよ」

およそわかっているとは言いがたい態度で返した三上に更に続けようと渋沢は口を開きかけたが、それをやめての方に向いた。

、うちの者がすまなかったな」
「い、いえ・・・その方の仰る通りです、私が立場をわきまえていなくて・・・」

次第に小さくなっていく声と同じようにして、顔の角度も下がっていく。
三上のいらいらしたような舌打ちが響いて、はまたびくりと肩を震わせた。
反射的に藤代がにらみつけると、三上も肩を竦める。

「・・・昨晩」

はぽつりと話し始めた。

「鐘の音が終わってどれほど経っていたかはよくわかりませんが・・・私が微睡みかけた頃、あのお二人が入ってきたのです。・・・私は声も出せぬまま、押さえ付けられて、それで・・・っ」

が声をつまらせる。
「死んだのは」と渋沢が尋ねた。

「わ、わからないの・・・です、その時のことは・・・私、途中から何もわからなくて・・・お二人が亡くなった時のことなど知らないのです・・・」

は自分の肩を抱いた。
人が死ぬのなんて慣れているのに、震えが止まらない。昨日蝋燭がなかったせいか、匂袋が手元にないせいか。

「三上、原因はわかるか」
「原因っつったってな・・・傷もねぇみたいだし、病気じゃなけりゃ毒しかねーよ。それが何かってのはまた別だけど。その女、何か飲ませたんじゃねーの?」
「・・・少し言い方を考えた方がいい。それこそ彼女が殺す理由もないし、形跡もないだろう・・・藤代、笠井、昨日の彼らの食事とか・・・口にしていたものをあたってくれるか? それから辰巳、彼女に湯殿の用意でもしてやってくれ」

承諾の返事が三方向からそれぞれ返ってくる。

「それから

渋沢の声には再び顔を上げた。

「今回のことは本当にすまなかった・・・しかしやはり一人でここにいるのは危険だ。誰か人を置こうと思うが」
「・・・はい」

本当は嫌だ。けれども、ここで断るのはただ怪しいだけで。
三上の訝しげな視線を肌で感じながら、は小さくうなずいた。



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2007/11/10